第208話 ガールズ・プールサイド(前編)
それから数日後、満のスマートフォンに一本の電話が入る。
「うわぁ、びっくりした……。誰からだろう」
今日の満は朝から少女の状態である。
姿は変われども満のやることは変わらず、この日は夏休みの勉強を片付けていた。
なにぶん、アバター配信者コンテストで少し遅れ気味なのだ。お盆休みまでに宿題を済ませてしまうのが満のポリシー。それゆえに今日は一日勉強に費やす予定だった。
とりあえずは液晶に表示された番号を見てみる。うん、知っている番号だった。
「はなみ……香織ちゃんからか。どうしたんだろう」
名前呼びをする約束をしたからか、自分しかいないのにわざわざ名前を言い直す満である。無駄に律儀である。
とりあえず、このまま着信音を響かせているわけにもいかないので、満は電話に出ることにした。
「もしもし、はな……香織ちゃん、何かな?」
『あ、満くん。急にごめんね』
開口一番、謝罪が飛んでくる。香織の方も香織で律儀である。
あいさつを終えると、香織の方から用件が伝えらえる。
「ええっ?! クラスの女子たちとプールに行くの?!」
『うん、どうしても断れなくてね。ルナちゃんも連れてきてってうるさくて……。満くん、本当にごめんなさい』
どうやら今日の午後から友人たちでプールに行くことが急きょ決まってしまったらしい。その際にルナ・フォルモントも誘おうという流れになったらしく、香織の性格上断れず、今に至っているというわけだ。
話を聞いた満は、なんとも複雑そうな顔をしている。
「う~ん、午後からって何時からなの?」
『1時よ。市民プールに直接集合だって』
「うわぁ……、今11時だよ。なんでこんな時間に……」
ギリギリすぎる時間に、満は頭を抱えていた。今からお昼を食べてどうにか間に合うかという時間だった。
「でも、香織ちゃんのためならしょうがないな。すぐに準備して出るね」
『ごめんなさい、満くん。家で待ってるね』
そこで通話は切れてしまった。
あまりにも急すぎる話に、満は頭が痛くて仕方がなかった。
とはいえ、幼馴染みの頼みゆえに無下にもできず、満は大慌てで出かける準備をこしらえたのだった。
香織の家へと向かい、香織と合流する。
その時の満の姿を見た香織は、ものすごく驚いた顔をしていた。
「満くん、いくらなんでも重装備すぎないかしら」
香織が驚くのも無理はない。
服装自体は可愛らしいワンピースなのに、長手袋につばの広い帽子。さらには色の薄いサングラスをかけている。
ちなみにこのサングラス。先日熱中症で倒れかけたと母親に伝えたら、翌日には買ってきてくれたものである。UVカットのついた度の入ってない薄い色のサングラスである。
「ほら、この姿の僕って吸血鬼だからね。それに、先週の土曜日に、熱中症になりかけたから、このくらいしないといけないんだ」
「こ、断ってくれてもよかったのに……」
「香織ちゃんからのお願いだもん。簡単には断れないよ」
「み、満くん……」
満からすれば何気ない一言なのだろうけれど、香織にしてみれば顔を真っ赤にするくらい嬉しい言葉である。
時計を改めて確認する。
時刻は12時35分。普通に自転車を走らせれば、10分前には到着できそうだった。
同じ市内とはいえども、満たちの家から市役所や駅の周辺は遠いのである。
話もほどほどに満たちは自転車を走らせる。
「今日は少し雲が広がっていて涼しいね」
「そうだね。そのおかげか、僕の体調も少しだけいいよ。日光が強いと、下手をすると吐き気がしてきちゃうからね」
「本当にごめんね、満くん」
満の現状を聞かされて、香織は本当に悪い気がしてきていた。
それでも満は首を横に振って、香織を責めるようなことはしなかった。
「本当はあまり女の子同士の付き合いには混ざりたくはないんだけど、アバ信をやる上では多少はしておいてもいいと思うんだよね」
「そっか、満くんのアバター、女の子だもんね」
「そうそう。しかも吸血鬼だからね。ホント、何の因果なんだろうね、これって」
満は話しながら苦笑いである。
香織もつられたように笑っている。
周りに注意しながら自転車を走らせていると、いよいよ市民プールの建物が視界に見えるようになってきた。
「僕はルナモードになるから、香織ちゃんも名前間違えないでちょうだいね」
「分かったわ。それじゃ、もう一息だよ、ルナちゃん」
すっと呼吸を整えると、二人とも一気に雰囲気が変わる。
さすが二人ともアバター配信者で鍛えられているとあってか、この辺りの切り替えがとても早いようだ。
駐輪場に自転車を停めると、荷物を持って入口へと近付いていく。
満たちが入口に近付くと、そこにはすでに四~五人の女子が待ち受けていた。満が想像していたよりも人数が多かったようだ。
(うええ、こんなにいるなんて聞いてないよ。だ、大丈夫かな。僕、ボロを出したりしないかな?)
顔はにこやかにしながらも、心の中ではかなり動揺しているようだ。
「みんな、お待たせ。ルナちゃんを連れてきたよ」
香織が声をかけると、満の方へと全員が一斉に振り向く。どうやら反応を見ると、四~五人ではなくて六人のようだった。
思った以上に女子が多いこの状況。満は無事に乗り切れるのであろうか。