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VAMPIRE STREAMING  作者: 未羊
207/219

第207話 嵐のようにやって来て、去っていく

 配信の翌日のこと、満の家のインターフォンが鳴る。


「はい、どちら様でしょうか」


 モニタに移る姿を確認しながら、満が対応している。

 母親はちょうど家事が一段落して休もうとしたところだったので、対応が遅れてしまったようなのだ。


『あっ、空月くん。香織です』


「えっ、花宮さん?」


 なんと、満の家に香織が尋ねてきたのだ。なんとも珍しい話である。


「ちょっと待ってて。すぐに出るね」


 慌ただしく玄関へと向かい、満は玄関を開ける。門の前には麦わら帽子をかぶり、名前通りの花柄のワンピースを着た香織が立っていた。


「おはよう、空月くん。今日はごめんね、急にやってきちゃって」


「あ、うん。いいよ、別に」


 珍しく満がどもっている。正面に立つ香織もなんだか照れくさそうだ。


「あら、香織ちゃんじゃないの。うちに来るのは久しぶりね。外は暑いだろうから、上がってちょうだい」


「は、はい。お邪魔します」


 遅れて顔を出した母親が招き入れているので、香織は言葉に甘えて家の中へと入っていった。


 満の家に上がった香織は、満の部屋に……通されなかった。それというのも、満の部屋の中はいろいろとカオスだからだ。

 光月ルナの配信のためのモーションキャプチャとヘッドギアが置いてるのはもちろん、女性に変身した時の服装も大量にあるし、普通の中学生男子の部屋とは思えない混沌ぶりなのだ。

 そのため、普通の幼馴染みを部屋の中に案内する勇気はなかった。……風斗は普通に通しているのに、実に不思議である。


「空月くん、部屋に入れてもらえないの?」


「ごめん、ちょっと今散らかっててね。あはははは」


 なんともわざとらしい笑いである。香織がそんな満の嘘を見抜けないわけがないのだ。


「おばさん、空月くんがこんな風に言ってるけど、嘘ですよね」


「ええ、満の部屋はすっきり片付いているわよ。さっきも確認したもの」


「お母さんっ?!」


 あっさり母親にばらされてしまう満である。

 驚いた声を上げた満だったが、すぐさま、自分に向けられている視線に気が付く。

 香織がジト目に近い感じで自分のことを見ているのだ。


「あは、あははははは……」


「……見せてくれる?」


 笑ってごまかそうとする満だったが、香織に可愛く頼まれてしまえばもうダメだった。


「……はい」


 あっさりと部屋を見せることを承諾してしまった。

 項垂れる満に対して、香織はとてもご満悦のようだった。


 部屋に案内された香織が目にしたものは、それはきれいに整理整頓された満の部屋だった。

 そう、散らかっているなんていうのは大噓だったのだ。


「うん、断るならもう少しまともな理由をつけてね」


「散らかっているは十分だと思うだけどなぁ……」


 香織にたしなめられて、満はがっくり肩を落としていた。


「それにしても、不思議な部屋だよね。特にこの辺り」


 香織は部屋の一角を見ながら、くすくすと笑っていた。

 そこには男子学生用の制服と女子学生用の制服が並んで掛けられていた。満用とルナ用の制服である。


「これをみんなが見たら、どう思うのか気になるよね」


「絶対そういう趣味があるって思われるだけだよ。変態のレッテルが貼られるだけだって」


 満は実に嫌そうな表情を浮かべている。

 自分が吸血鬼に憑依されて、女性にも変身することを知っているのは、家族と風斗と香織だけの秘密だ。小麦たちにも知られているが、満はそれを知らない。


「ふ~ん、空月くんが私を拒んだ理由ってこれかな?」


 部屋の中を見回していた香織が、何かを発見したようだ。


「あっ、それは……」


 何かといえば、配信用のモーションキャプチャだった。香織もVブロードキャスト社で使っているので、すぐに分かったのである。


「大丈夫よ。私は空月くんが光月ルナなのは知ってるから」


「えっ?!」


 しれっとされた爆弾発言に、満は目を白黒させている。

 ぼけっとしている満の姿に、香織はくすくすと笑っている。


「幼馴染みを甘く見てもらっちゃ困るわよ。無理してお嬢様言葉を使っているみたいだけど、すぐに空月くんだって分かったんだから」


「参ったなぁ……。そんなに分かっちゃうかな」


「うん、分かっちゃった」


 後ろで手を組みながら、香織はとてもにこやかに笑っている。


「それはそうと、空月くん」


「は、花宮さん?」


 ずいっと顔を近付けてくるので、満は一歩引いてしまっていた。


「そんなに驚かなくてもいいのに……。小さい頃みたいに、名前で呼び合わないかなって、そう思っただけなのよ」


「あ、ああ。そういえば、昔はそうだっけかな」


 香織に言われて、満はふと思い出していた。

 確かに小学校の低学年くらいまでは互いに名前で呼び合っていた覚えがあるのだ。

 高学年になって、同性の友人と遊ぶようになってから、知らない間に名字呼びに戻っていったような感じなのである。

 名前の呼び方は、やはり距離感というものを感じさせてしまうようだ。


「分かったよ。それじゃ、香織ちゃん」


「うんうん、やっぱりそうだよね、満くん」


 名前呼びになったとたん、香織の表情が一気に明るくなった。

 だが、その時だった。香織の持っているスマートフォンがぶるっと震える。

 取り出して確認した香織は、大きなため息をついていた。


「どうしたの、香織ちゃん」


「ごめんなさい、家に戻らなきゃいけないみたい。はあ、せっかく遊びに来たのに、しょうがないなぁ……」


 香織はがっくりと項垂れていた。


「満くん、今日のところは帰るわね。またゆっくりお話ししましょうね」


「うん、またね」


 非常に残念がっている香織ではあったが、名前呼びを達成できただけでも満足そうにしながら満の家を去っていった。


「結局、何しに来たんだろう……」


 見送った満は、きょとんとした表情でこんなことを言っている。相変わらず鈍感のようなのだ。

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