第201話 コンテストを終えて
「ふわあああ~……、よく寝た」
翌朝、大きなあくびをしながら、満は目を覚ます。
トイレに行って自分の姿を確認した満は、思い切り驚いていた。
「あれっ、僕男に戻ってるけど、何があったっけ?!」
昨日まで女の状態だったはずなのに、姿が元に戻っていて満は驚いているのである。
「うるさいな、満。俺をかんで元に戻ったことを覚えてないのか」
大声に叩き起こされた風斗が、あくびをしながら満に話をしている。
ところが、満の方はそのことをまったく覚えていないのか、混乱したままだった。
「ははっ、酷いものだな、満くんは」
「本当だぜ、世貴にぃ。あんだけ覚悟を決めたっていうのによ」
「そういうところが満くんっぽくていいな」
「笑うなよ、世貴にぃ……」
風斗はまだ眠そうな顔をしながら、頭をかいている。
満はわけが分からずにきょろきょろと辺りを見回している。
「お前、覚えてねえのかよ」
「うん、さっぱり。打ち上げに参加してたところまでははっきりと覚えてるけど、あれれ……?」
きれいさっぱりと打ち上げ以降の記憶吹き飛んでしまっているようだ。
この満の状況には、世貴は大声で笑うし、風斗は頭をがっくりと下げて激しく落ち込んでいた。
「まぁ、顔を真っ赤にしてしんどそうにしてたもんな。そりゃ記憶も飛んでしまうさ」
「あれっ、もしかして僕、誰かをかんだってこと?」
話をしていて、ようやく状況が見えてきた満だった。
「その通りだよ。それにしても吸血鬼って聞いていたけど、血を吸うと満くんに戻るのか。実際に見てみてびっくりするな。なにせ服装は女の時のままなんだからね」
「う、うわっ! 恥ずかしいな、もう……」
今さらながらに昨日着ていた服のままなことに気が付いて、満は慌てて恥ずかしがっている。
「だがな、満くん。君はまだ女の子の服装のままでいないといけないんだよ」
「はっ、そうだった!」
世貴に言われて、満は大事なことを思い出していた。
そう、今回持ってきた服は、全部女性用の服ばかりなのである。
コンテストで滞在している間に変化しては大変だということで、来る前から女性になっていたことが、今ここに来てあだとなったのだ。
コンテスト終了後、帰宅までの間に男に戻ることをまったく想定していなかった満の最大のやらかしである。
「でもな。さすがに女の格好じゃないとホテルは出れないだろう。連泊の際に女性に変更してるし、ホテルの人にもそれで知られているんだ。今さら性別が変わっていたら驚かれるに決まってる。諦めて女物に着替えるんだね」
「うう、しょうがないな……」
世貴の言い分に、満はやむなく服を着替え始める。
「ちょっと待て。とりあえずお風呂浴びてからにしてくれ。昨日、あの後お風呂にも入らずに眠ってるんだ。さすがに気持ち悪いだろう」
「うう、分かったよ」
満は渋々着替えを持ってお風呂に向かっていく。
「それじゃ、風斗。俺たちはチェックアウトの準備をするぞ。最後の朝食ビュッフェを食べたら解散だからな」
「分かった、世貴にぃ」
満がお風呂に行っている間に、風斗と世貴は荷物のまとめを始める。
だが、さすがに満の荷物だけには手を付けられなかった。
「まぁ、これだけは普通に犯罪だろうからな」
「だな……」
彼らには理性が働いていたのだった。
―――
一階のロビーまで降りてくると、ビュッフェへと向かう。
「ああもう、お腹ペコペコだよー」
「まったく、打ち上げで結構食べてたじゃないか」
「あれはあれ、これはこれだよ、風斗」
三人で賑やかにビュッフェにやって来ると、そこには天狐たちがいた。
「やあ、おはようなのだぞ、諸君」
「なんだ、まだいたのか」
天狐が挨拶をしてくると、世貴は面倒くさそうに対応している。
「私たちは、契約のことで話があるからって、もう一日滞在になっちゃったのよ」
「なに、夕方までに終わればまだ間に合うぞ。幸い、わしらの家は駅から近いからな」
天狐はそう言いながら、スマートフォンをポチポチといじっている。どうやら予約した新幹線をキャンセルして、夕方の列車に振り替えているようだ。
「早く終われば、その分観光としゃれこもうではないか。物事、前向きに考えるものぞ」
「天狐くらいよ、そんな風に考えられるのは」
鹿音からツッコミをされていた。
「そっちはもう帰り?」
「そうですね。駅まで行ったら、俺とこいつらとは別々に帰るんですよ。住んでる場所が違いますからね」
「中学生二人だけで帰らせるの?」
「来る時も二人だったから、問題ないだろうと思うぜ」
世貴とのやり取りで、鹿音はびっくりしていた。
とはいえ、自分たちとは完全に別行動。あれこれ咎めて足止めするのも迷惑だろうと、納得するしかなかった。
「かっかっかっ、ホテルの料理は今日が最後だろうて。しっかり味わって帰るのだぞ」
「言われなくてもな」
まったく楽しそうな状態だった。
長かったアバター配信者コンテストによる旅行もこれにて終わりだ。
ホテルを出て駅へと向かっていく満たちは、どことなく名残惜しそうにホテルへと振り返っていた。
「まっ、予想外な連中と出くわしたが、なかなか楽しませてもらったよ。いい経験だったぜ」
「そうですね。僕、なんだか自信を持てた気がします」
「そういうわけだ。風斗、満くんのサポートは頼んだぞ」
「お、おう。分かったよ」
意地悪そうに言う世貴に、困惑しながら答える風斗である。
「風斗、顔、赤くなっていない?」
「なってねえよ! お前こそ、服装に恥じらいとか感じてないだろうな?」
「そりゃまあ、恥ずかしいは恥ずかしいよ。でも、これしかない以上、堂々とするしかないからね。帰るまでの我慢だよ」
来た時と同じ服装に身を包み、もじもじとしながら答える満。これには、風斗は思わず一歩下がってしまい、顔を真っ赤にしながら頭を左右に激しく振っていた。
「いやあ、青春だねぇ」
世貴はにやけた顔で、ぽつりと呟いた。
夏の日差しが照り付ける中、満たちは家へと帰るために歩き出したのだった。