第198話 打ち上げ
コンテストの全日程が終了すると、満たちは片付けに入る。
持ってきたパソコンやモーションキャプチャなど、機材の電源を落としてかばんに詰め込んでいく。
しばらくすると、スタッフが控室へとやって来る。
「このあとの打ち上げに参加される方、裏手にバスを待機させていますので向かって下さい」
どうやら、コンテストの打ち上げが行われるようだ。
「夕食代が浮くから、参加していくか」
「そうですね。なかなかないアバター配信者たちとの集いですからね。僕は参加しますよ」
「なら、俺も行くか。で、隣の人たちにも声をかけるのか?」
「いや、無理に誘う必要もないだろう。さっさと行くぞ」
風斗はかおるや心眼たちを誘うのかと確認していたが、世貴は無理に誘う必要ないと言ってさっさと控室を出て行こうとする。
ところが、出ようとしたところで声が聞こえてくる。
「波川ーっ! お前も打ち上げに参加するんだろうな?」
「うるさいな。参加するに決まっているだろう。食事代が浮くんだぞ?」
急に現れたのは、香具師草かおるのモデラーを務める笹稲だった。
大学の同級生でライバル視をしているようで、やたらと突っかかってしまうらしい。
「とはいえ、参加費用に元々も含まれている。浮くというのは正確ではないかもしれないな」
隣のブースの銀太もやって来た。
「私たちももちろん参加しますよ。顔を合わせることのない私たちですけれど、たまには話がしてみたくなりますからね」
白杖を持つ銀太に寄り添うかなみも、行く気満々のようだった。
「やれやれ、この私の話に合わせられる人はいるでしょうかね」
「姉貴はどうとでもなるだろ。話を合わせるのは得意だからな」
「まあ、仕事柄……ね」
ひょっこりと、香具師草かおるが遅れて顔を出していた。どうやら全員参加で間違いなさそうだった。
「それでしたら、私どもが案内しますので、どうぞついて来て下さい」
話を聞いていたスタッフが案内を名乗り出てきた。
満たちはもう一度荷物を確認すると、控室を出てバスが待機する場所まで向かったのだった。
打ち上げの会場は、思ったよりも満たちが泊まっているホテルから近かった。
だが、そのグレードはまるっと違っている。
豪華な内装に、思わず目がちらつくほどである。
「俺たちのホテルと、比べ物にならねえな」
「こんなところが貸し切れるなんて、すごすぎます……」
これだけ豪華なホテルのパーティー会場を貸し切れるなど、アリーナ貸し切りも含めて、どれだけ主催の会社が本気かというのがよく分かる。
「なあ、満」
「なに、風斗」
会場に入ったところで、風斗はちょっと満のことが気になった。
「お前、大丈夫か? 少し顔が赤い気がするんだけど」
「だ、大丈夫だよ。とりあえず、トマトジュースか何かを買ってごまかしておかなきゃ……」
満は平気だと答えるものの、風斗はやはり気になっていた。
出発の日を含めて、今日までまるっと四日間も少女のままだ。
以前の記憶が確かならば、女性になっている間は吸血欲求が高まっているはず。ならば、満はさすがにその欲求を抑えきれなくなっているはず。
(大丈夫とは言うものの、顔が赤くなってきてるから心配だな……)
風斗は満の顔をじっと見つめている。
確かに、コンテスト中の満はまったくもって平気そうだった。
だが、打ち上げに向かう時から少しずつ変化が出始めていた。
(コンテストが終わって安心している今だから、俺がしっかりと見ておいてやらないとな)
「どうした、風斗。満くんが可愛すぎて惚れたのか?」
「世貴にぃ……。何を言ってるんだよ。満は幼馴染みの親友だ。そんな感情は持ち合わせてねえよ」
「ふふっ、そうかそうか。時には自分の気持ちに素直になった方がいいぞ、風斗」
「う、うるせえよ」
世貴は風斗をからかうように焚き付けている。それに必死に口答えをするものだから、世貴はますます楽しくなっているようだ。
「だが、確かに満くんの今の状態はちょっと気になるな。タッパーか何かに入れて持って帰れないか、ちょっと聞いてみるとするか」
「ああ、悪いな、世貴にぃ」
なんだかんだ言いながらも、世貴も満のことをよく見ているようだ。
さすがに自分がモデラーを担当しているアバター配信者のことが気になってしまうようだ。
そもそも昔から、世貴は満のことを風斗ともども弟のように可愛がってきた。だからこそ、気がかりになってしまうのだろう。
そうした中、入口の扉が一度締められてしまう。おそらくは打ち上げ参加者が全員会場に入ったということだろう。
直後、前方にスポットライトが当てられる。
何事かと思って視線を送ると、そこにはコンテストの冒頭で挨拶をしていた男性が出てきたのだ。
「確かあのおっさんは、プラットメーカーの副社長だっけか」
風斗が見守る中、副社長の打ち上げの挨拶が始まった。
長くなるかと思われた挨拶だったが、さすがに5時間の長丁場の後ということに加えて、みんながお腹を空かせているだろうということで手短な挨拶で終わった。
できる男というのは空気は読めるし、配慮もできるのだ。
挨拶が終わって盛り上がる中、アバター配信者コンテストの締めとなる打ち上げパーティーが始まろうとしていた。