第195話 アバター配信者のあれこれ
狸小路稲荷の登場で、満たちはじっと画面を見つめている。銀太はほとんど目が見えないので、眼鏡をかけた上でじっと目を細めて画面を見ている。
目が見えないということがどれだけつらいのかは、満たちにはまったく分からないが、ちらりとその姿を見ただけで大変そうだなというのはなんとなく感じ取っていた。
それよりも今は、今回知り合った狸小路稲荷のコンテストの様子に集中している。
全体的にタヌキの意匠なのだが、しっぽだけがキツネという変わったデザインだ。好物を聞かれて油揚げと即答しているあたりも、キャラを徹底している。
「会った時の印象はすごく真面目そうな人でしたのにね」
「すげえな。中の人の印象とまるっと違うぜ」
「なりたい自分、自分じゃない何かになれるっていうのが、アバター配信者ってもんだよ」
満や風斗の感想に対して、世貴は語り始める。
「近いところでいえば声優もそうだろうが、俺たちのような個人勢だとやりたいことがやれるから、自由度はこっちが高めだな」
「なるほど」
世貴の話を聞いて、満たちは納得している。
満たちの時には『恋愛』だったテーマだが、稲荷たちの時に選ばれたテーマは『黒歴史』。
テーマを聞いた瞬間に、銀太は吹き出していた。
「ぷっくく、すまない……」
相当ツボに入ったらしく、さっきから笑いが止まらないようだ。
こういう反応になるのも、アバター配信者ならではというところだろう。
なぜなら、人によってはアバター配信者をしていることが一番の黒歴史だからだ。
何が悲しくてこんなキャラを演じているのか。そういうアバター配信者は少なからずいるというわけだ。
「心眼氏は、思い当たる黒歴史があるというわけなのか」
「長く生きていると、それだけ葬り去りたい過去というのはあるものだよ。私も君たちくらいの年齢には無茶をしたものだからね」
まだ笑いがおさまらない銀太だが、その話を聞いていたかなみが複雑な表情で銀太を見ている。
この様子からすると、かなみは銀太の黒歴史について詳しいと思われる。
とはいえ、黒歴史は安易に触れられたくないもの。満たちは空気を読んで配信の方へと意識を向けた。
『わちの黒歴史? これまた面妖なことに興味を持ちよるのう』
ちょうど稲荷が話を振られているところだったようで、画面には口元を隠しながら話す稲荷の姿が映っていた。
「ありゃ笑ってるな」
「えっ、そうなの?」
「口元を隠すっていうのは感情を隠す手段のひとつだが、アバ信だとそうもうまくいかない。声が微妙にだが上ずっているから、ありゃ笑ってる」
「うむ、私も同じように感じたね。目が見えない分、声には敏感なんだ」
世貴の話に、銀太も乗ってくる。
「はえー、そういうものなんですね」
満は驚いている。相変わらず、人の感情には鈍いというものだ。
『わちの黒歴史は、現在進行形。わちの存在自体が黒歴史ぞ』
配信に再び意識を向けると、稲荷はそんなことを言っていた。
これはどういうことかというと、稲荷を演じていることが黒歴史と言い放っているということらしい。
そのために会場には爆笑が起きているし、配信のコメントも『草』や『w』で埋め尽くされていた。
なんという猛者なんだろうか。
「うわぁ、コメントが笑いで埋め尽くされてるぜ……」
配信窓を覗いている風斗は、あまりのスピードで流れていく『w』の弾幕に呆気に取られてしまっていた。
「アバター配信者をしていることを黒歴史と言い切る胆力。うん、見習いたいですね」
なぜかかなみだけは真面目な表情をしていた。
それにしても、これが天狐を相手に真面目なことを言い続けていた人物なのだろうか。
アバター配信者としては、その真面目さからではまったく想像のできない言動が次々と飛び出していた。
「この性格のベースは、間違いなく天狐だな」
「そうですね。一人称こそ違いますけれど、言葉遣いはそうみたいですね」
世貴と満はそこに気が付いたようだ。
「なるほど、妹の真似だから『黒歴史』ってわけか。真面目な性格が出てるなぁ」
世貴はそのように結論付けたようだ。もちろんそれだけではないだろうが、要因のひとつではあるだろう。
いろいろと考察している間に、狸小路稲荷たちの出番が終わった。
「これは他の配信者たちが可哀想だ。完全に食われてやがる」
「そんな感じですね。強烈なキャラに圧倒されてしまったようですね」
「まっ、こういう大舞台に出てきて名前を呼ばれただけでも儲けだろうよ」
「確かにそうだね。私たち個人勢は地道な努力が必要だからね。こういうイベントへの参加は、知名度を上げるためには効果的だからね」
満たちの話に銀太が割り込んでくる。
「とはいっても、このイベントに参加するために交通費と宿泊費でだいぶ痛のですけどね」
一歩引いていたかなみは、そう言いながらくすくすと笑っていた。
「確かにそうだな。人によっては数万が軽く吹き飛んでるからな。まったくもって笑えねえや」
風斗はそんなことを言いながら笑っていた。
これにはなんとも微妙な空気になりはしたものの、満のブースの中では五人が一緒になって、最後までコンテストの様子を見守っていたのだった。