第193話 油断は大敵
持ち時間を使い切り、スタッフがやって来て接続を切る。
これでようやく普通に喋っても大丈夫な状況になった。
「お疲れ様でした。これで出番は終わりましたが、結果発表が終わるまではこのままご滞在いただくことになります」
スタッフは満たちにこれからの予定について説明を始めている。
このコンテストの優勝者は今日決まるために、その表彰が終わるまでは参加者はアリーナから外に出られないのである。
何か用事がある場合は、スタッフに相談した上で許可を出すかどうかを決めるらしい。
「ちなみに、大会が終わった後は近くのレストランにて打ち上げがございます。ご参加されるのでしたら、ぜひとも最後までいらして下さい」
スタッフがにこやかに話しているものの、世貴がちょっと厳しい表情を見せている。
「それで、その打ち上げの費用は?」
そう、気になるのはお金の話だった。
ここにやって来るだけでも結構使ったのだ。出費がかさむようならば、今後の予定が変わってくるというわけだった。
ところが、険しい表情の世貴とは対照的に、スタッフの表情はにこやかなままだった。
「ご心配なく、本コンテストの本選考参加費用に含まれております。したがって、追加で費用が発生することはございません。必要なら、宿泊している場所までもお送りしますからご安心を」
「そっか、それなら参加してみるかい?」
スタッフの話を聞いた世貴が、満や風斗に確認を取っている。
「それなら、別に構わないかな」
「僕も大丈夫だよ」
「それじゃ、参加ということで伝えておいて下さい」
「承知致しました。では、時間まで同室の方々とお話でもしながら、ごゆっくりお過ごし下さい」
スタッフは最後にそう言い残すと、部屋から出ていった。
これで部屋の中には、アバター配信者とその関係者たちだけとなった。
しばらくは静かなものだったが、パーテーションの外から歩く音が聞こえてくる。
身構える世貴たち。やがてパーテーションから顔を見せたのは、眼鏡をかけた女性だった。
「おやおや、真祖の吸血鬼の正体は、可愛いお嬢ちゃんだったのですね。見た目と変わらないとは、面白いものが見れました」
にっこりとした笑顔を見せている。
「すまないですね。自己紹介が遅れました。私が香具師草かおるの中の人です。社会人三年目ですよ」
意外と丁寧な挨拶をしてくる。さすがは社会人経験真っ只中の大人の女性である。
「おいこら、姉貴。勝手に移動するんじゃないぞ」
後ろから男性の声が聞こえてくる。姉貴と言っているので、目の前の女性の弟ということだろうか。
ところが、その声の主が現れた瞬間、世貴が目を丸くしていた。
「お前、笹稲か」
「おや、波川じゃないか。なんだ、お前もアバ信のサポートやってんのかよ。世の中せめえな……」
なんということだろうか。どうやら現れた男性は、世貴の知り合いだったらしい。
「おや、幸二。あなたの知り合いなのですか」
「知ってるも何も、同じ学科のやつだよ。まさかお前も試験さぼってやって来ているとは驚きだぜ」
「それはこっちのセリフだ、笹稲。それっぽい話をしている気がしていたが、身内がアバ信とは驚いたな」
お互いに驚きを隠せない二人である。
「なるほど、やたらと話をするアバ信は担当だったのか。担当だからそりゃ推すよな」
幸二の話から察するに、どうやら世貴は大学の中でも光月ルナの話をしまくっているらしい。この話を聞いた満は、恥ずかしそうに顔を赤くしてしまっていた。
「あらやだ、この子、可愛いですね。妹がいたならこういう子が欲しかったわ」
「わわっ、わわわ……」
急に飛びついてきた女性に、満はものすごくびっくりしている。どう反応していいのか分からなくなって、されるがままになっていた。
見た目は美少女ではあるものの、さすが中身は少年といった反応だろうか。
「はいはい、姉貴。そのくらいにしといてやれよ。見ず知らずの人からいきなりスキンシップをされたら、誰だって固まっちまうって」
「ふふっ、ごめんなさいね。さっきも言っていたけれど、私はどんなタイプでもいけるクチでしてね、BLがちょっと突出してるってだけなのですよ」
謝りながら、女性は満を解放している。
抱きつかれたショックから、満はまだ口をパクパクとさせたまま立ち直れそうになかった。
さすがにこれ以上は危険だということで、世貴と幸二が揃って女性を満から引き離していた。
「悪いな。姉貴ってBLと可愛いものが大好物なんだ。これ以上は危険だから、自分のブースに戻るぜ。波川、また大学で会おうぜ」
「ああ、お前とはとことんライバル関係になりそうだな、笹稲」
世貴が不敵に笑いながら声をかけると、幸二もまた笑っていた。
「もう大丈夫だぞ、風斗」
「世貴にぃ……、いろいろリアルも濃い人だったな……」
衝撃的過ぎたらしく、風斗はまだどこか呆けた感じになっている。
「まったく、そんなんじゃ困るぞ、風斗。誰が満くんを守らないといけなんだ、うん?」
まったく何もできなかった風斗に、世貴は苦言を呈している。
「あっ……、悪い、世貴にぃ……」
言われた風斗は、謝罪の言葉を漏らしている。
ところが、世貴は首を横に振っている。
「謝る相手が違う。選択肢を間違えるんじゃないぞ、風斗」
風斗は世貴からしっかりとお叱りを受けてしまう。
せっかくどうにか自分たちの出番を乗り越えた満たちだったが、どうにも気まずい雰囲気になってしまったのだった。