第191話 恋愛なんてそれぞれ・前編
『よりによってこのメンツで恋愛かよwwwww』
『あかん、笑いが止まらんwwwwww』
配信のコメントに、リスナーたちの反応が次々と書き込まれていく。
こんな反応が出るのも分かるだろう。
腐女子と僧侶と吸血鬼だ。誰がまともな恋愛話ができると思うのか。
中の人でがっつり話をするのか、それともキャラを押し通してちぐはぐな語らいになるのか。リスナーたちが強く関心を示してしまっている。
ちなみにだが、このテーマが表示されたのは本当に偶然だ。だからこそ、リスナーたちが大いに盛り上がっているのである。
「そうですねぇ、誰からお聞きしましょうか」
司会が話題を振ると、会場からは大きな声が聞こえてくる。
ところが、さすがに遠くてよく聞き取れない。
「おやおや、意見が分かれてしまっているようですね。それでは、私の独断と偏見で、香具師草かおるさんからお聞き致しましょうか」
『草』
『また危ないところから突っ込みやがった』
『司会、楽しんでるだろwww』
コメントの反応もさまざまである。
だが、お忘れではないだろうか。これはアバター配信者コンテストである。ただの配信トークショーではないのだ。
それだというのに、表示されたテーマとアバター配信者たちの組み合わせのせいで、コンテストそっちのけになってしまっているのである。
「あら、面白い判断ですね。最初にこの腐女子たる私、香具師草かおるを指名するとは」
眼鏡があったのなら、指で押し上げながらきらりんと光らせていそうなセリフである。
「私の恋愛観は、腐女子の肩書通り、その手のものが好きであるのは当然。だが、好きな相手を好きと言えることこそが、私の一番萌えるものというもの」
何か熱く語り出した。
BLを語るかと思ったのだが、さすがにコンテストという場での発言だけに、少し濁しているようだった。
「やあやあ、いつもの通りの語り愚痴を期待していた人たちには悪いですね。さすがにコンテストの場ですから、空気くらいは読みますよ。下手なことを言ってこの配信が途中で打ち切られるよりはマシというものです」
「これは気を遣わせてしまって申し訳ないですね」
かおるの発言を聞いて、司会も苦笑いである。
それにしても表情が少々やばそうな感じの香具師草かおるだが、発言自体はものすごくまともである。口調も丁寧と、見た目とのギャップがすごかった。
「いやぁ、ありがとうございました。好きになった人が好きな相手、ということでしょうか」
「基本的にはそうですね。でも、私の好みは男性同士の恋愛一択ですよ」
「ははは、ぶれないですね。ありがとうございました」
司会は何かを感じ取ったのか、ここでかおるとの話を打ち切っていた。
向こうが気を遣ってくれている以上、これ以上のは彼女のためにはならないと踏んだのだろう。さすがは人気芸能人である。
『意外にやっしん、常識人やった』
『本性知りたいやつは配信のアーカイブ見ろ』
『基本的にダークマター』
話が終わったところで、リスナーたちは言いたい放題である。
「では、続きまして無法師心眼さん、お願いします」
無難に順番に話を振っている。
初めての相手ばかりなので、無難な流れを取っているのかもしれない。
人気は高いし、芸歴も長い芸能人であっても、中の人が見えないと雰囲気をつかみ取れないということなのだろう。
「私には、……そうですね」
心眼は少し間を置いている。
「僧侶たるものは欲を持ってはならぬもの、そのために恋愛なるものは不要なものと考えまする」
「戒律でしょうか」
「そう考えていただいて結構です。私のような修行僧は、厳しい環境に身を置くもの。人との関係は基本的に断ち切るのです」
「ふむふむ、徹底的に僧侶としての立場を出しているということですね」
司会が反応をすると、意外にもここで心眼は黙り込んでしまった。
表情が見えないだけに、声色だけではうまく話を拾えなかったようだ。
反応がないために、司会もちょっと表情が苦しくなっている。
「これは失礼しました。少々私の話が難しかったようですな。すみません、普段は解説配信を行っているので、どうしても固くなってしまうようです」
「そ、そうでしたか。人それぞれの恋愛観があるというものだと感心致しました。心眼さん、ありがとうございました」
あまりにも難しい話になっているためか、司会は無理やり話を打ち切っていた。
『逃wげwたw』
『気持ちは分からんでもない』
『配信見てれば分かるが、本当に固いからな、この人の語り口は』
『中の人が見えんアバ信やから、司会もたじたじやで』
心眼とのやり取りもまた、リスナーたちにはウケているようだった。
このリスナーたちは、コンテストの配信を本気で楽しんでいるようである。
これだけテンションが高いのにはわけがある。それは、当然この回の最後に登場するアバター配信者のせいである。
「いやぁ、お二方とも違ってまたいいですね。それでは、三人目である光月ルナさんに伺うこととしましょう」
「わああああっ!!」
ルナの名前が呼ばれると、会場の中がひときわ盛り上がりを見せる。これには司会もちょっとびっくりしていた。
だが、同時にそれだけの期待がこのアバター配信者に向けられているということだ。司会は面白そうだと笑みを浮かべている。
今まさに、会場のいる観客、配信を見ているリスナー、そのすべての興味が光月ルナに注がれているのである。