第189話 心くすぐられる
アバター配信者コンテストがいよいよ始まる。
このコンテストでは、事前に与えられたテーマをベースにして、同一の部屋に割り当てられた三組のアバター配信者が同時に配信を行っていくというタイプのようだ。
そして、割り当てられた部屋というのは、その順番を示している。
一部屋あたりの持ち時間は10分。これが15部屋あるので、全部で150分。全部で予定時間の半分である。
予定通りに進んでいけば、満の出番は約2時間後、午後の5時くらいになる。
これならば、真夏であるとはいえ満のキャラ設定である吸血鬼には大して影響はないだろう。会場もアリーナという建物の中だし、どうとでもごまかせるのだ。
「う~ん、みんななんだか固いなぁ……」
会場のやり取りを確認している世貴が、ぽつりとこぼしている。
それもそうだ。普段は自分の部屋で一人で気ままに配信をしているアバター配信者たちがほとんどだ。
今日は大きな箱の中で身近にリスナーたちを感じながらの配信なのである。
それだけならまだいい。
よりによって今日のコンテスト中の配信でやり取りする相手は、テレビでも人気の超有名芸能人。これほどの大物とやり取りできるのだから、緊張しない方がおかしいというものだ。
おかげで普段ならしないようなミスもぽろぽろと出てしまい、会場の笑いを誘っている状況だった。
「歓声がすごいな。さすがここまでやってきたアバター配信者たちは人気ぞろいってことか」
「司会進行の芸能人がまず有名人なので、そのせいもあるでしょうけれどね。でも、人気の度合いならあなただって負けていませんよ。チャンネル登録者数二万人なんですからね」
仕切りの向こうから会話が聞こえてくる。
全部がだだ漏れとは、さすがパーテーションが天井に到達してないだけあるというものだ。
しかし、登録者数二万人とはそこそこの規模のアバター配信者のようである。
「言ってくれるな。だが、俺のように目に重度の病気を抱えていてもできるとはね」
「そのために幼馴染みの私が支えてるんじゃないですか。自信を持って当たって砕けて下さい」
「はははっ、ダメだった時は慰めてくれるかい?」
「そこまで甘やかしませんよ」
聞こえてきた内容に、満たちは少し黙ってしまっていた。
人ぞれぞれ、人生それぞれだということを、まざまざと聞かされたからだった。
「お隣さんも、ずいぶんと事情を抱えているようですね」
「それだけ、アバ信をやる理由っていうのは人それぞれってことだ。だが、今は自分のことだけに集中するんだ、満くん」
「はい、分かりました」
世貴は他人の事情は気にしないように、満にしっかりと言い聞かせている。
(どうやら隣の参加者たちは、幼馴染みかつ恋人といったところだろうかな。これは風斗たちにはいい刺激になりそうだが、はてさて……)
世貴は他の参加者の配信を見ながら、そんなことを思っていた。
満が女に完全に変わってしまったと思っているから、こういうことを考えてしまっているようだ。
(いかんいかん、何を考えているんだ、俺は。満くんの可愛らしさと俺の技術を世の中に知らしめるため、今はこっちに集中しなくては)
すぐに頭を左右に激しく振って、世貴は気持ちを切り替えていた。
「世貴にぃ、どうしたんだよ」
「なんでもない。それよりも風斗、お前もしっかり他の参加者たちのことを見ておけ。今日のお前はスタッフの一人なんだからな」
「分かったよ、世貴にぃ」
世貴の様子がおかしかったので声をかけてみた風斗だったが、軽く流された上に言い返されてしまっていた。
文句は言いたいところだが、満が万全の体制でコンテストに臨めるようにするために、おとなしく返事をするのだった。
コンテスト自体は順調に進んでいく。
みんなこの場に備えていろいろと準備をしてきたのだろうが、多く集まったリスナーたちとの距離感や人気芸能人とのやり取りでかなり苦戦しているようだった。
しかし、こういった状況は、このコンテストで優勝して案件を抱えるようになると、必ず見舞われることになると思われる状況である。
それこそ、大規模イベントのメインパーソナリティとして呼ばれる可能性だってある。
つまり、今日集まったアバター配信者たちは、この壁を必ず乗り越えなければならないというわけだった。
しばらくモニターを食い入るように見ていた満たちだったが、控室にスタッフが入ってきて声をかけてきた。
「香具師草かおるさん、無法師心眼さん、光月ルナさん、そろそろ出番ですので準備をお願いします」
どうやらもうそんなに時間が経ってしまっていたらしい。
この時、ようやく満たちは同時に配信を行うアバター配信者たちの名前を知った。
特に二番目に呼ばれた人の名前に、風斗が思わず反応してしまっていた。
「無法師心眼、かっけぇ……」
どうやら名前の響きが気に入ったようである。
しかし、今回同時に配信を行うとはいっても、コンテストにおいてはライバル。名前の響きがかっこいいからと、手を抜くわけにはいかないのである。
「ここで中二病を発動するな、風斗。いくら現在がそうだからって、今はそういう時じゃないぞ」
「うるせえよ、世貴にぃ。思っただけだからいいだろうが!」
世貴のお叱りに、風斗が反発している。これには満と隣の人たちが笑ってしまっていた。
「うげっ、今の聞こえちまってたのかよ」
隣に丸聞こえになっていたことに、風斗は思わず恥ずかしくなってしまっていた。
なににしても、いよいよアバター配信者コンテストの出番である。
スタッフの手を借りながら、配信のための最終準備が行われる。
当たって砕けろ。
満たちは覚悟を決めたのだった。