第188話 コンテスト開始
とある大きな都市にあるアリーナ。
今日、ここではアバター配信者コンテストの本選考が行われる。
こんな大きな会場を貸し切ってのイベントに、会場には多くのアバター配信者のリスナーたちが集まっていた。
参加するアバター配信者の名前は当日の朝まで発表されなかったが、そもそもアバター配信者全体を愛でるリスナーたちからすれば関係ない。新たな推しを見つけるべく、会場に足を運んでいたのだった。
「いやぁ、視聴したいと思っていたアバ信が見られるとは思わなかったぜ」
「ねえ、みんなは誰を見に来たの?」
「狸小路稲荷は外せないわね」
「俺は、ルナちだな」
わいわいがやがやと、リスナーたちは発表されたアバター配信者一覧をスマートフォンでチェックしながら話を弾ませていた。
それにしても、本来の姿も分からない相手を見に、よくここまで来たものである。
実は、この本選考には、彼らリスナーたちも大きくかかわってくる。
このアリーナに集まったリスナーたちには一人一票が割り当てられ、参加するアバター配信者一人を選んで投票するようになっているのだ。
それに加えて、主催者側が呼んだ専門家やゲストたちの票を加えて、本選考の優勝者が決まるというわけである。
優勝者(辞退時には準優勝者)には主催企業との専属契約が結ばれ、全国の自治体や企業からの案件が舞い込むようになる。
有名になれば、ポスターやグッズといった展開もできるようになるため、一部のアバター配信者は目の色を変えて参加しているのだ。
ガッチガチのコンプライアンスを突きつけられるものの、それでも有名になりたいのがアバター配信者たちなのである。
今日までコンテストに参加するということを黙り通せたアバター配信者たちなら、おそらく大丈夫だろう。
会場に人が集まり始めている様子は、満たちのいるブースでも確認できる。生の声もスピーカーから丸聞こえであり、目と耳の両方から会場の雰囲気を全身で感じ取っている。
「うわぁ、すごい人数……。これだけの人が僕たちを見に来ているわけなんだ」
会場の雰囲気に、満は思わず飲まれそうになってしまう。
ところが、ここで世貴と風斗が揃って満に声をかける。
「大丈夫だ、満、安心しろ」
「そうだぞ、満くん。君の配信の同接者数を見ていないのかい?」
「あー……」
二人に言われて、満は自分の常日頃の配信の様子を思い出している。
同接者数は大体数万人が最低ラインで、多いと十万近くまでいっている。
満は必死に思い出している。
「ここのアリーナは、収容人数は数万人だ。機材などの関係でそう多くは座席は確保できていない。つまり、多くても普段の配信並の人数しか集まっていないんだ」
「そっかぁ、距離が近くて姿が見えているから、プレッシャーが違うっていうわけなんだね」
「そういうことだ。だから、満くんがやることは、とにかく普段通りを心掛けること。これに尽きるな」
世貴の励ましで、満は不思議と落ち着きを取り戻していた。
着実に、コンテストの開始時間は近付いている。
開始時刻は15時、終了予定は20時となっている。
5時間という長丁場。それに備えて、満たちは食事とお手洗いはすべて済ませて準備万端である。
「さあ、もう10分前だぞ。二人とも、準備はいいかな?」
「もちろんですよ!」
「ああ、今日は手伝いだけど、しっかりこき使ってくれよ、世貴にぃ」
満たちは気合十分だった。
運命の時刻、午後の3時を迎える。
会場では大きな音楽が流れ始め、いよいよアバター配信者コンテストが始まったのだ。
『レディースエンドジェントルメン! 本日はアバター配信者コンテストに集まってくれてありがとう!』
「うっわ、有名芸能人まで呼んでやがる。どんだけ金掛けてんだよ、このイベント」
スピーカーから聞こえてきた声に、風斗がとても驚いている。
「はははっ、これはいいね。社運を賭けたって感じが出てて、俺はこういうのは好きだな」
対照的に世貴は笑うくらいの余裕があった。
『コンテストの開始にあたり、主催のプラットメーカーの副社長から挨拶を頂きましょう!』
司会進行役の芸能人が告げると、びしっとしたスーツに身を包んだ男性が出てきた。
その人物の顔を見た瞬間、満は思わず「あっ」という声を漏らしてしまった。
「この人、おとといの見学の時に案内してくれた人ですよ」
「えっ、マジか? ……うぇ、マジじゃねえか」
指を差しながら話す満の驚いた風斗は、慌てて画面を確認する。
確かにそこにいたのは、おとといの会場見学で案内を担当してくれたスタッフだった。
「う~ん、あるあるだね。お偉さんがこっそりと現場に紛れるっていうのはたまにあるんだ。ああ、ちなみに天狐の方にいた女性もそこそこの立場の人だよ、間違いないね」
どうやら世貴は、役職までは分からずも、あの時の案内役が偉い立場の人だとうすうす気が付いていたようである。さすがはこの手の会社への就職を目指す世貴といったところだろう。
始まるなりいくつもの衝撃が襲い掛かってきたアバター配信者コンテスト。
満は雰囲気に飲まれないようにと、今一度気を引き締め直すのだった。