第187話 本番までもう少し
満たちはどうにか人混みを抜け出して会場へとやって来た。
今日は日曜日だということもあって、遊びに行く人たちで電車の中はごった返していたのだ。
「満、大丈夫か?」
「うん、平気。ありがと、風斗」
膝に手をつきながら、満は風斗の気遣いにお礼を言っている。
「かっかっかっ、青春よなぁ」
二人の様子を見ていた天狐がからかってくる。
そのため、満の手を取りかけた風斗は、慌てたようにそっぽを向いていた。
「風斗?!」
差し出した手が空振ってしまい、満は驚いて声を上げていた。
これには世貴も呆れた様子である。
「天狐、せっかくの青春を邪魔するなよな」
「これはしまったな。だが、うぶすぎて可愛いものぞ、かっかっかっ」
世貴の苦言に、天狐は大声で笑っていた。
「天狐、置いてくわよ」
「おお、待ってくれ姉君。一緒に入らねば、わしは何のためにここまで来たのか分からぬ。ええい、ウォリーンよ、今日はいい勝負を期待しておるぞ」
「当たり前だ。こっちは優勝も狙って来てるんだからな。いくら天狐たちが相手とはいえ、負けるつもりはない」
「ほほぉ、言ってくれるな。PiPyと姉君の実力、とくと味わわせてやるぞ。では、さらばだ」
天狐は言うだけ言い切ると、慌てて節美たちのところへと走っていった。
「……頭痛ぇぜ」
世貴は思わず頭を抱えていた。
天狐はあれでも世貴より一つ上の女性だ。それなのに言葉遣いが年寄りっぽく、行動は逆に子どもっぽい。ロリババアでも目指すつもりなのかと、世貴は心の中でツッコミを入れておいた。
「大丈夫ですか、世貴にぃさん」
「ああ、大丈夫だ。心配するな、別に病気じゃない。天狐の対応が大変なだけだからな」
「そうですか。それにしても天狐さんってすごく強烈な方ですよね」
「まったくだよ。よし、俺たちも会場に入るとするぞ」
「はい!」
世貴の呼び掛けで、満と風斗もアリーナの中へと入っていく。
本番のイベントは午後からだ。
なので、午前中を全部使って最後の調整を行うのだ。
テーマ自体は事前に連絡が来ていたので、その準備はしてきている。だが、当日にどんな話題が振られるかはまったく予想がつかない。
どんな状況にも柔軟に対応できるようにと、世貴はさらに気合いを入れていた。
アリーナの関係者用の入口で、先日の登録の際にもらった札をスタッフに見せる。
満たち三人は無事に中へと入り、改めて今日限りのパスをもらう。
そのパスを見てみると、自分たちが割り当てられてた部屋の番号が書かれいる。同時に渡されたパンフレットに、その番号は書かれているそうだ。
「19-3か。数字を見てみると、結構参加者がいるようだな」
「いや、頭が0の部屋は存在していないようだから、俺たちは10番目ってことだな。部屋ごとに三組ずつ割り当てられているから、パンフレットの記載を見る限り、参加しているアバ信は45人ってところのようだ」
「結構多いですね」
全国から集まってきたアバター配信者はなんと45人もいるそうだ。
アバター配信者の数は増え続けているとはいえ、こんな場所にまで出向いてくるような人物は数が知れている。
言ってしまえば、このアリーナまでやって来るだけの時間とお金がある選ばれたアバター配信者たちということなのだ。
「でも、これでブイキャスのような箱の参加者がいないっていうんだから驚きだよな。つまり、俺たちが相手にするのは同じ個人勢っていうわけか」
「そういうことだな。とりあえずこんなところにいても他の人たちの邪魔になるだけだ。さっさと部屋に向かおう」
「はい」
「おう」
自分たちの控室を確認した満たちは、入口から移動していく。
やって来た控室に入ると、他のところにはもうすでに人が来ていたようだ。
「あたたたた……。おーい、コンセントはどこだ?」
「ちゃんとここにありますよ。その目は飾りなんですか?」
中央の仕切りからなにやら声が聞こえてくる。
「うるさいな。俺は眼鏡をかけててもほとんど見えないんだ。お前らみたいな見える連中と一緒にしないでくれ」
どうやら中央の参加者の一人は目が悪いらしい。よく見ると、入口に白杖が立てかけてある。中の作業では邪魔になるために、この場所に置いてあるようだ。
あまりの騒がしさに満と風斗は思わず立ち止まってしまったが、世貴だけは自分たちのブースへとさっさと移動していた。
「おい、二人とも、さっさとこっちに来るんだ。騒がしいのは分かるが、どんな相手だろうと今日は俺たちのライバル、気にはしても心配はするな」
「あっ、世貴兄さん、ごめんなさい」
世貴に呼ばれて、満と風斗は慌てて仕切りの中へと入っていく。
先日見学にやって来た時に見た通り、配信用の個室ブースはパーテーションで区切られただけのシンプルなもののようだ。
ブースの中には大きな液晶テレビが置いてあり、これで会場の様子や他の参加者の配信を見ることができるようだ。
荷物を置いた世貴は早速パソコンを起動して準備を始める。
会場での配信については、渡されたパンフレットに手順がすべて書かれているのだが、世貴はそれを見ることなくちゃっちゃと整えていっている。
「風斗、URLをくれ。接続する」
「えっ、どこに書いてあるんだよ」
「パンフレットにイベント専用のURLが書いてある。それを読み上げてくれ」
「わ、分かった」
世貴と風斗が環境を整えている間、満はもう一台のノートパソコンを取り出して起動している。それを待つ間、モーションキャプチャを装着していく。
すっかり準備万端のようだ。
「よし、俺の方も準備ができた。それじゃ、チェックを始めるぞ」
「はい、頑張りますよ」
本番までもう少し。
アバター配信者たちによる熱い戦いが、いよいよ始まろうとしていた……。