第184話 ばったり鉢合わせ
ホテルから移動することしばらく、満たちはアバター配信者コンテストが行われる会場であるアリーナにやってきた。
入口には大きく『アバター配信者コンテスト 本選考会場』と書かれた立て看板が立っていて、もうイベントが間近だということを感じさせられる。
「ここがイベントの会場かぁ。ライブ配信を見たことがあるけど、外観はこんな感じなんだ」
満が会場であるアリーナの大きさに驚いているようだ。
「こんなところでお披露目となると、緊張するよな、満」
風斗が話し掛けるが、なぜか満からの返事はなかった。
どうしたのかと満の方を見てみると、口を真横に結んで、震えながらじっとアリーナを見つめていた。
「やれやれ、ここまで来て怖気づいたのか?」
あまりに震えているものだから、風斗は思わずからかってみてしまう。
満はフリルのついた空色のワンピースを翻しながら振り返ると、風斗に言い返す。
「違うよ、武者震いだよ。こんなところで配信を披露できるなんてありえないことだもん。嬉しくて震えが止まらないんだ」
「お、おう……」
顔を近付けながら言い返してくる満に、風斗はたじたじになっていた。銀髪美少女が真剣な顔を近付けて怒ってくれば、それは年頃の少年には効果抜群である。
二人の様子を見ながら、世貴はくすくすと笑っていた。
「な、なんだよ、世貴にぃ!」
「いやぁ、青春だなと思ってな。そうかそうか。君たちが男女だとそういう感じになるのか。今後の参考にさせてもらうよ」
「世貴にぃ!?」
笑いをまったく隠さない世貴の態度に、風斗はあたふたしまくりだった。
その様子を見ていた満もなんだか恥ずかしそうに顔を逸らしていた。
「ほほう、らぶらぶであるなぁ」
「だ、誰だ!」
突然声が聞こえてきたので、風斗が叫んでいる。
「往来でそんな大きな声を出すでないぞ。ここで立ち止まっているところを見ると、そちたちもアバター配信者コンテストの参加者かの?」
「その通りだよ、出汁天狐」
目の前のノースリーブブラウスにアームカバーをつけた女性をじっと睨んで、世貴が答えている。
「ほう、わしを知っておるか。声の感じからすると、そちはウォリーンか。ウェリーンとの通話によく絡んできておったな」
話の様子から察するに、どうやら世貴とは知り合いのようだ。
「顔なんて知らねえよ。その特徴的な喋り方は嫌でも覚えちまうというものだぞ」
「かっかっかっ、そうであったな。キャラづくりのために普段からこの喋り方を心掛けておる。どうじゃ、似合っておるであろう?」
髪の毛を頭の上で三角形に結んでいるあたり、相当のこだわりが感じられるというものだ。
「世貴兄さん、その人知ってるの?」
「ああ、顔を合わせるのは初めてだが、羽美とはライバルにあたる絵師なんだ。だが、仲が悪いというわけではなくてな、互いの感想を言い合うくらいには交流があるんだ」
「へえ、そうなんですね」
満は天狐の方をじっと見ている。
「しかし、こうやってここに来てるってことは、出汁天狐もアバター配信者コンテストに参加してるってわけか」
「その通り。わしは絵師ゆえにただの応援だがな。紹介しよう、わしの姉君である倉間節美と、友人の北山鹿音だ」
「初めまして。出汁天狐の姉の節美と申します」
「初めまして」
天狐の紹介で、二人が頭を下げる。
「こちらこそ初めまして。大学で情報学を学んでいる波川世貴と言います」
「俺はただのいとこの村雲風斗っていいます」
世貴と風斗が自己紹介を返すものの、満だけが困っていた。それは、本名をいうべきか偽名をいうべきか迷ってしまったからだ。
風斗はこつんと満の腕を肘で小突く。
「どうせこの場限りなんだ。本名でも言っとけ」
風斗がこう言うものだから、満は本名を名乗っておいた。
満という名前は男でも女でも通じるだけに、天狐たちはさらりと流してくれていた。
「かっかっかっ。なるほど、そちがそちらのアバターの使い手か。なに、消去法で楽に特定できるというものだ」
「えっ、どうして?」
ところが、ほっとした瞬間に放った天狐のひと言に、満が驚いてしまう。
「その顔と声だな。よく知るアバ信とよく似ておる。なるほど、中の人だと分かりやすい。もちろん秘密にはしておく。わしはそんなに口は軽くないぞ?」
天狐がどこからともなく扇子を取り出して広げると、口元に当てて満を見ながら断りを入れている。
「しかし、そなたらもここに来たということは、会場の確認に来たのであろう? わしらも同じ目的だ。ホテルも同じようだし、せっかくだから一緒に行動せぬか?」
間髪入れずに天狐が提案をしてくる。
思わぬ提案に、満たちは顔を見合わせている。
もちろん、天狐側の節美と鹿音も本気なのかという表情で天狐を見ている。
「かっかっかっ。別に手の内を見せるわけでもあるまい。横のつながりがあるというのは、時に有利に働くぞ。コラボとかな」
天狐は実に意地悪そうな表情で笑っている。これには節美たちもびっくりだった。
「分かったよ。そこまで言うのならご一緒しようじゃないか。貧弱だが、男が一緒にいる方が危険は少なくなるだろうからね」
「かっかっかっ、そうこなくてはな。では、よろしく頼むぞ、世貴」
会場へとやってきた満たちは、思わぬ相手と一緒に行動することになった。
さて、今日の会場の下見は一体どうなるのやら。