第183話 宿泊初日
コンビニに向かっていた満と風斗が戻ってくる。
「ただいま、世貴兄さん。作業はどう?」
「おお、満くんか。なに順調だよ。ノートパソコンで動かすとあって、ちょっとスペックに問題があるかと思ったんだが、かなり軽量化できたので、スムーズに動くよ」
戻ってきた満が声をかけると、世貴はかなり楽しそうな声で答えていた。
後ろでは風斗がテーブルの上に買ってきたコンビニ食を広げている。
「世貴にぃ、明日の予定はどうするんだ?」
風斗が世貴に問いかけると、世貴は待ってましたとばかりに勢いよく風斗へと振り向いた。
「明日は会場の視察だ。やはり本番の地をいうものを一度見ておかなければな。スタッフも現地に入っての設営を行っているらしいから、中には入れないが外にいるスタッフから話が聞けると思う」
世貴はかなり興奮した様子で喋っている。
それもそうだろう。今回本選考の会場となっているアリーナは、普段はアイドルのライブなどが行われるような場所だ。
そんな最高峰ともいえるような場所で、自分の作ったアバターを披露できるのだ。これほどまでに嬉しいことなど、そうあるものだろうか。
あまりにも目をキラキラと輝かせて話をするものだから、満は釣られて目をキラキラとさせている。二人の様子に風斗は呆れたようにため息をついている。
「それでな、明日の朝食はホテルの軽食コーナーでビュッフェだ。これがそのビュッフェ券だから、忘れずに持って行くんだぞ」
「おお、バイキングか。朝から豪勢にいけるな」
世貴が取り出した券を見て、風斗が大興奮をしている。さすがは食べ盛りの中学生といったところだ。
その喜ぶ姿に、世貴もにやつくばかりである。
「そうだ。さっき外に向かった時、誰かとすれ違わなかったか? ここはアバ信コンテストの会場から近いホテルだから、俺たちと同じように宿泊しに来た奴がいると思うんだ」
風斗の様子はさておき、世貴は満に問いかけている。
満はしばらく何かを思い浮かべるように上目になって必死に思い出している。
「あっ、さっき出かける時にエレベーターですれ違いましたね。女性三人組でしたけど、その中の一人が特徴的な口調でしたので、結構覚えています」
「おっ、どんなだった?」
気になった世貴が満にずいっと迫る。急に顔を近付けられたものだから、満はちょっと驚いて引いてしまった。
「えっと、なんていうかちょっと古風に言葉遣いでしたね。年齢は世貴兄さんと近いと思います」
満の証言を聞いた世貴は、はあっとため息をひとつついていた。
「どうしたんですか、世貴兄さん」
「あ、ああ。知っている人物と特徴が似ていたんでな。ちょっと驚いただけだ。気にするな」
明らかな動揺を見せている世貴だが、必死にごまかそうとしている。
様子を見る限り言いたそうな感じではないので、満も察してこの時はあえて聞こうとはしなかった。
(ふぅ、あいつが来てるってことは、あのアバ信が相手になるのか……。満じゃちょっと経験不足は否めんぞ?)
話を終えて風斗の手伝いに移った満を見ながら、世貴は真剣な表情をしていた。
どうやら、今回のアバター配信者コンテストは、どうも一筋縄ではいきそうにない予感がしたのだった。
その後、買ってきたコンビニ弁当を黙々と食べながら、無事に一日目が過ぎ去った。
翌朝、満たちは気分よく目が覚める。
誰か寝付けないのではないかという心配があったが、それは杞憂に終わったようだ。
満が服を着替える際には、二人は気を遣って外に出て待っていた。
「お待たせ。大丈夫かな?」
着替えを終えた満が部屋から出てくる。長い銀髪をサイドテールにして、つばの大きな帽子をかぶっている。
「まぁ似合ってるんじゃないのかな。うむ、こういう服装もいいな。帰ったら羽美に頼んで描いてもらおう」
「もう、世貴兄さんってば!」
光月ルナに反映させようとする世貴に、満はつい怒鳴ってしまった。自分が実装されるみたいで恥ずかしくなったのだ。
しかし、世貴がこのように言うのも無理はない。今の満の姿は光月ルナとうり二つなのだから。だから、満に似合う姿なら、ルナにも似合うだろう。そう考えるのは、とても自然なことなのである。
ようやく準備が整い、部屋を出てカギをかける。機密がたくさんあるということもあり、入るなという札をかけてから部屋を離れる。
一階へと向かい、軽食スペースで朝食ビュッフェを堪能することにする満たち。
満たちが到着した時には、他の宿泊客がやって来ていたようだ。
「はあ、なんや。油揚げがないではないか。殺生やわぁ……」
一人の女性がなにやら嘆いている。
「あっ、昨日の女性ですよ」
「そうか……。やっぱりあいつも来てたんだな」
「世貴にぃ?」
世貴が目の前の女性を知っているような反応を示している。
「いや、なんでもない。とりあえず朝食を食べようぜ」
「あ、ああ、そうだな」
なんだか気になるような反応だったが、ひとまずお腹が減っていては何も始まらない。
満と風斗は世貴のごまかすような態度が気になるものの、お腹が鳴りそうだったのでとりあえず食事を優先させることにしたのだった。
こうして始まった滞在二日目。
何事もなく境地一日を過ごせるのだろうかと、風斗だけがかなり心配そうに世貴の姿を眺めていたのだった。