第181話 本番に向けての準備だ
「ふむ、そういうことか。不思議なこともあるものだな」
すべてを聞いた世貴は不思議と落ち着いていた。
「世貴にぃ、思ったより驚かないな」
「なに、大事の前の小事だよ。どんな状態であれ満くんは満くんだ。アバ信コンテストでベストのパフォーマンスをする、ただそれだけだ」
話を終えた世貴は、パソコンをいじり始める。本当にまったく満のことを気にしていないようである。
「まあ、もし優勝して採用になった後は、問題が出てくるかもしれないけれどな。アバ信である以上、姿を見せなくてもいいことが多い。中の人の性別なんて大した問題じゃないさ」
「世貴にぃがそう言うなら、まあそういうことにしておくよ。なっ、満」
「う、うん」
本当にまったく気にしていない様子の世貴の態度に、かえって満たちの方が困惑していた。
「よし、調整が終わったから、満くんはモーションキャプチャを着けてくれ。それと、着ける前にショートパンツに穿き替えてくれ。スカートのままはダメだからな」
「あっ、ごめんなさい」
満は服装のことで謝罪をすると、ショートパンツとモーションキャプチャを持ってユニットバスへと入っていく。
「ふぅ、まさか女の子になっているとはね。だけど、今さら部屋を新しく取れないから、俺たちが我慢するしかない。満くんが何かやらかしそうだったら、風斗、お前がちゃんと注意するんだ」
「分かってるよ、世貴にぃ」
世貴から言われて、風斗は少々面倒くさがりながらも頷いていた。
しばらく待つと、ユニットバスの扉が開いて満が出てくる。脱いだスカートを無造作に手に持ったままだ。
「お前な、そういう無頓着なところをやめろ。せめてきちんとたたんで分からないようにしてくれ」
「えー、面倒だよう……」
風斗が怒鳴ると、満は不満そうに口答えをしている。
こういういい加減なところは、やはり男の子なんだと思わされる。
「まったくそうだね。双子の妹である羽美と一緒に住んでいる俺から言わせてもらうと、本当に満くんの行動は男そのものだ。自分ではそういう意識はないだろうけど、やはり見た目の性別というのは思った以上に心理的に影響を与えるんだ。だから、もう少し気を遣ってもらえるとありがたい」
「世貴兄さんがそこまで言うのなら、仕方ないですね」
満は渋々スカートを折りたたんでいた。
ひとまず満の準備ができたことで、ノートパソコンでのアバターの動作をチェックする。
ノートパソコンともなると、デスクトップパソコンよりはどうしてもパフォーマンスが劣ってしまう。なので、いつも満が配信で使っているパソコンとはどうしても環境が違ってしまう。だから、今ここでこうやってチェックを行おうというわけだ。
「そっか、いつもと使うパソコンが違うからですね」
「そういうこと。デスクトップを動かすには環境がない。俺が車の免許を取っていればよかったんだが、そうもいかないんでね」
「あは、あはははは……」
満は世貴が免許を取れない理由が思い当たりすぎて、ただ苦笑いをするばかりだった。
「世貴にぃは、満の配信見すぎなんだよ。毎回いるじゃねえか」
「当たり前だ。俺が作り出した世界で一番かわいいアバターだぞ。もちろんデザインしたのは羽美だが、その完成度を拝まぬなど、生みの親として罰が当たるというものだ」
風斗が少し突くと、世貴が過剰反応で言い返してくる。
これにはさすがに風斗もたじたじといった様子である。
「わ、分かったよ。とりあえず、世貴にぃの自信作である光月ルナの動きのチェックに入ってくれ」
「分かればよろしい」
世貴は風斗に厳しい視線を向けた後、パソコンへと再び向かい合う。
作業風景を後ろから覗き込む満と風斗だが、世貴が何をやっているのかがまったく分からない。
食い入るような視線ではあるものの、世貴はまったく気にしない様子でパソコンを黙々といじり続けていた。
「よし、こんなものだろう。新しいデータを入れたアバターだ。満くん、ちょっとそっちのパソコンを起動して動きをチェックしてみてくれ」
「分かりました」
満は電源を入れて、アバターを動かすためのソフトを起動させる。
ソフトが起動すると、画面には光月ルナの姿がばっちりと映っている。
「おい、世貴にぃ。なんで水着なんだよ」
表示されたルナの姿に、満は顔を両手で覆い、風斗は文句を言っている。
「何を言っているんだ。夏といえば水着だろう」
「吸血鬼は水が苦手だろうが! 何を考えてるんだよ、まったく」
「まったく、そこまで怒らなくてもいいじゃないか。衣装のバリエーションを増やすために作ってみただけだ。嫌なら使わなければいいだけだ」
二人の反応にやや不満気味な世貴だが、淡々と作業を再開する。
「満くん、なんでもいいからルナの衣装を決めてくれ。動作のチェックをしたいからね」
「分かりました」
仕方なく、満は数ある衣装の中から浴衣を選んで動作を確認してみる。
モーションキャプチャと手動操作の両方でアバターの動きを見てみるけれど、とりあえずのところおかしなところは見受けられないようだった。
「う~ん、もう少し微調整をすべきかな。物理演算が少し変だ」
「えっ、マジかよ。問題ないと思ったんだがな」
「垂れたそでの動きが少しな。もう少しリアリティにこだわりたいんだ」
「こだわるのはいいが、本番には間に合わせてくれよな」
「もちろんだとも」
パソコンに向かって作業を再開する世貴。
熱心なその姿には、満たちは何も言うことができなかった。
「世貴にぃ。コンビニで夕食を買ってくるとするよ」
「ああ、ご飯ものならなんでもいい。お前たちの好きなものを買ってこい。俺は作業を続けているからな」
パソコンに向かったまま振り向きもしない世貴に、二人は呆れているようだ。
満と風斗はホテルの部屋を出て、近くのコンビニへと夕食の買い出しに向かったのだった。
アバター配信者コンテストまで、あと三日となった日のことである。