第179話 いざ出陣
週末に行われるアバター配信者コンテストに向けて、満は風斗と一緒に現地へと向けて出発することになった。
「手続きは世貴にぃが全部してくれてるって言ってたから、俺たちはとにかく現地で合流だな」
「うん、そうだね。もう今から緊張してきちゃって大変だよ」
満と風斗は、満の母親が運転する車で駅へと向かっている。
「私としては子どもたちだけで旅行をさせるのは嫌なんだけど、私がいないとあの人ってば家の中を汚しそうだからね。世貴くんがついてくれるっていうから、お任せしちゃうわね」
「ええ、世貴にぃも快く受けてくれましたし、ひとまず心配はありませんよ、おばさん」
満の母親も本当はついて行きたかったのだが、生活感のない父親のせいで留守番である。
仕方ないので、可愛い息子である満は風斗と世貴の二人に任せることを了承していた。
駅に到着すると、大きな荷物を抱えた満と風斗が車から降りる。
「それじゃ、行ってきます」
「気を付けて行ってらっしゃいね、二人とも」
駅の中へと走っていく二人を見届けると、母親は心配した表情を浮かべたものの、二人を信じて家へと戻っていった。
列車に乗って会場へと移動していく満と風斗。これだけの長距離の旅行というのは久しぶりだ。
お金は満が光月ルナとして稼いだものがあるので心配はない。
「満、ちゃんと持ってきてるよな」
「モーションキャプチャでしょ? ちゃんと入れてあるよ」
膝の上で抱えているリュックサックを叩きながら、満はにっこりと笑っている。
「それにしても、ちょうどよかったな」
「うん、なにが?」
「いや、最初から女の状態でってことだよ。おかげで服の準備が片方だけで済んだんだからな」
「あー、確かにそうだね。ただ、別な意味で荷物は増えたよ。日焼け対策とかね」
風斗の言うことには確かに間違いはない。途中で女に変わっていたら、それはそれで大変だった。
しかし、満のいう通り、女性ならではの悩みというものもある。
その一つが、香織から口酸っぱく言われた日焼けだ。
満の女の時の姿は、吸血鬼の真祖であるルナ・フォルモントの姿。吸血鬼であるので真祖とはいえど、太陽の光にはそこそこ弱いのだ。
ちなみに、今日もしっかり塗ってからやって来ている。
「花宮の入れ知恵か?」
「うん、髪の毛の手入れとかそれ以外にもいろいろと。それ以外にもね……」
「うん、それ以上はいい。ここは電車の中だ、それに俺は男だ。女の話をされても分からないからな。羽美ねぇが来てたら羽美ねぇと話をしてくれ」
「えー、わかったよう……」
話を途中で打ち切られてしまい、満はちょっと不機嫌そうにしていた。
だが、不機嫌になってくれたおかげで満からいろいろと話をされずに済んだために、風斗は内心とても安心していたのだった。
何度か列車を乗り継ぎ、ようやく目的に到着する。
そこはたくさんの人が行き交う賑やかな場所で、満たちがいた場所とは比べ物にならないくらいだ。
「うわぁ、これが都会ってやつなんだね」
「満、手を離すんじゃねえぞ。このままだと人の波に飲まれてどっかに連れていかれちまう」
「あっ、うん。分かったよ」
満は風斗の手をぎゅっと握りしめる。
何気に女性の状態で風斗と手を握るのは初めてだったりする。
(うおっ、満の手ってこんな感じだった気か?)
風斗は思わずどきりとしてしまっていた。
満自身は男女の間で胸以外の違いはあまりない。しかし、実際に接してみれば、明らかな違いがそこにあったのだった。
「風斗?」
突然ぼーっとしてしまった風斗を心配して、満が声をかけている。
「あっ、悪い。とりあえず世貴にぃを探すぞ」
「うん。早く合流しないとね」
駅の改札をどうにか脱出した満と風斗は、広い駅の構内で世貴を探し始める。
「待ち合わせは駅の西側なんだよ。だから、こっちで合ってるはずなんだが……」
風斗はきょろきょろ辺りを見回している。しかし、行き交う人が多すぎて、目的の人物をなかなか探し出せずにいた。
「風斗、もしかしたら、ルナさんの力を使えば分かるかも」
「なに?! それなら頼む」
「うん、今日の世貴兄さんの特徴を教えて」
「分かった」
風斗は世貴からもらった連絡から、外見上の特徴を満に伝える。風斗自身も世貴と会うのは久しぶりなので、容姿をよく知らないのだ。
満は、風斗から聞いた特徴に合う人物をじっと見つめて探す。
吸血鬼としての能力で感覚を研ぎ澄ませる。
「いた! あそこだ」
「本当か?!」
満はと口調に合致する人物を見つけたようである。
世貴と思しき人物を見つけた満は、風斗の手を引いて走り出そうとする。
「うわっ!」
ところが、あまりにも急だったので、風斗はその手を払ってしまった。
「風斗、何してるんだよ。早く行かないと見失っちゃうよ」
「ああ、悪ぃ。急に手を握るから驚いちまった」
「何言ってるんだよ。ほら早く早く」
頬を膨らませて怒る満の姿に、風斗は観念して手を引っ張られながら人の波の中を進んでいく。
(はあ、本当に俺ってどうしちまったんだろうな。ようやく慣れてきたと思ったのに、手を握られたらこの様か……。情けねえ)
風斗は本気で凹んでいた。
結局、満に手を引かれたまま、世貴のところまで移動したのだった。