第178話 コンテスト前、最後の配信
いよいよ夏休みが目前に迫る。
この日の満は、爆弾発言をするために配信を行っていた。
「おはようですわ、みなさま。光月ルナでございます」
『おはよるな~』
『おはよるなー』
すっかり定番と化した挨拶で配信が始まる。
「さて、そろそろ人間たちの世界では一部の方々に夏休みというものが訪れるそうですわね」
『学生たち裏山C!』
『俺は大学生だから、今試験の最中だぜ』
『勉強しろwww』
『くっ、余裕の視聴か・・・』
夏休みの単語を出しただけでこれだ。相変わらずリスナーたちの反応がいい。
満は思わず笑ってしまう。
「みなさま、実に楽しそうでよろしいですわね」
『実際楽しみでしかない』
『暑いのだけは勘弁してほしいがな』
リスナーたちのいろいろな反応を返してくる。実に楽しそうな雰囲気に、満もつい楽しくなってしまう。
「いいですわね、人間たちは。僕のような真祖ならまだ多少平気ですけれど、吸血鬼たちにとって昼の長い夏はうんざりしますわ」
『そうか、太陽光で灰になるんだっけか』
『吸血鬼設定、重すぐる』
『真祖なら皮膚が赤くなるくらいで済むのもいるらしいな』
さすがは博識なリスナーたち。あれこれと情報や反応が飛び出してくる。
配信をしながらもいろいろと勉強になるため、満はリスナーたちに感謝しかなかった。
「それでは、暑い夏を吹き飛ばそうということで、今日も『SILVER BULLET SOLDIER』の配信をしたいと思いますわ」
『待ってました』
『ホラー助かる』
満が配信内容を伝えると、リスナーたちは歓喜している。
すっかり満も腕前を上げてきてしまったがために、『SILVER BULLET SOLDIER』の配信者の一人としてすっかり名前が上がるようになってしまっていた。もちろんトップは真家レニである。
「本日は夏場ということで、ビーチサイドのタイムアタックに挑戦してみようと思います」
『吸血鬼が浜辺で銀の弾丸を撃ちまくるとな?』
『情報が多すぎるww』
『ただのネタ動画じゃまいか』
満の行動一つ一つで激しく盛り上がるリスナーたちである。
満もリスナーたちも、この一体感のような感覚を楽しんでいるのだ。
盛り上がりを見せる中、満はタイムアタッククエストを開始する。
99体の雑魚と1体のボスを倒し切るというのは、他のクエストと同じだ。
ただ、満が選んだ浜辺ステージは、クリーチャーが思わぬところからも出現する。
「おっとぉっ?! さすが砂浜ですね。こんなところにまでいるとは思いませんでしたよ」
砂の中からクリーチャーが現れた。
土の中や床下から飛び出すクリーチャーもいたので、予想は付けられるものだ。
ただ、実際に出てくるとやっぱり驚くものらしく、ここで満の動きが少し鈍ってしまった。
『あっちゃー、今のロスはでかいぞ』
『真下から突き上げられて、もろに飛んだよな』
そう、うっかり満はクリーチャーの出現ポイントを踏んでしまったのだ。そしたら、踏んだ瞬間にクリーチャーが出現して、満は高く飛ばされてしまったのである。
ところが、これで慌てないのが満だ。
今の自分は吸血鬼。空を飛ぶならお手の物と、恐ろしいまでに落ち着いていたのだ。
「甘いですわね。僕は真祖です。空に飛ばされたくらいで取り乱すとでも?!」
空中で素早く地上を見下ろし、落下を待ち受けるクリーチャーたちに銀の弾丸をお見舞いしている。
『うっそだろwww』
『さすが吸血鬼や、空を飛ぶのは慣れてるってことか』
『着地地点のクリーチャーが全滅しとるwwww』
『でも、吹き飛んだことによるタイムロスは避けられんぞ』
確かに指摘のとおりである。
空に打ち上げられて、その滞空時間分はどうしてもタイムアタックでは痛いロスとなる。
ここから巻き返しができるかが、ポイントとなりそうだ。
『おい、よく見ろ』
『着地地点だけじゃなくて、その周りのクリーチャーも一掃してるやんけ』
『これが吸血鬼か、甘く見とったわ』
なんと、滞空している間に、見える範囲の敵を全滅させていたのだ。
「残りは10ですから、ボスが出ますね」
着地をして満が大声でいうと、タイミングよく『DANGER』の文字が画面に現れる。
一部のクエストを除いては、これがボス出現の合図だ。
たいていの場合は出現位置がランダムであるので、とっさには対処できないものである。
だが、吸血鬼としての勘が鋭くなっている今の満は、ぴくりと何かを感じ取った。
「真下ですね!」
そう叫ぶと同時に、ボスが出現する。叫んだとおり、着地地点からだった。
『マジで真下からくるなや!』
『これは、ロスを挽回できる?』
『いっけー、ルナち!』
真下に現れたボスに、できる限りの弾丸を撃ちこんでいく。
だが、ボスとなればさすがに硬い。思ったようにダメージが通らない間に、接近してしまう。
ボスの攻撃が飛んでくるものの、満はうまくその攻撃を躱してカウンターを撃ち込む。
もはや人間離れした動きに、リスナーたちは大興奮である。
「倒せました。クリアタイムは?」
ズズーンと倒れ込んだボスの上に着地した満は、画面に表示されるクリアタイムを気にしている。
『ああ、あれだけやってもトップ30に入れんのか』
結果は52位。なんとも歯がゆい結果となってしまった。
「ああ、残念でしたね。でも、これでしばらく安心して出かけられるというものですね」
『うん? 出かける?』
満の言葉に、リスナーたちが反応している。
「はい。実は最低でも一週間ほどのお出かけの予定が入りましたの。リスナーのみなさまとお会いできなくなるのは、とても寂しく思いますわ」
『そんな・・・』
『ワイらの癒しが・・・』
リスナーたちもショックのようである。
「心配なさらないで下さい。戻りましたら、また配信をさせて頂きますのでね」
『待ってるで、ルナち』
寂しそうなコメントを残すリスナーたちに、少し心が痛む満であった。
だが、これでアバター配信者コンテストに向かうための準備はほぼ整った。
配信を楽しんでくれているみんなのためにも、できるだけ頑張っていい成果を残そうと考える満なのであった。