第177話 夏休みのある課題
テストも終わった週明けのこと、満は風斗から相談を持ちかけられていた。
「よう、ルナ。ちょっと話はいいか?」
「なにかしら、風斗」
大きな声で話しているので、少し言葉遣いに気を付ける満である。
今日の満は長い髪をツインテールにしている。本当はシンプルにポニーテールにしたかったのだが、母親の悪ふざけにあったのだ。
でも、いざツインテールにしてみると、これがポニーテールより似合っていたので満はちょっと複雑な心境のようである。
ちなみに、風斗はいつもと違う満の姿にちょっとドキッとしたのだが、ここは大事な話があるとして平常心を装っている。
「世貴にぃからの伝言だ。『アバ信コンテストの会場までどうやって行くのか』だそうだよ。まったく、俺のことをメッセンジャーにしやがって」
世貴からの伝言を伝えてきた風斗だが、自分の扱いに対して少々ばかり不機嫌そうである。
だが、世貴からすれば風斗はいとこなわけだし、完全によその子である満よりは話しやすいのだろう。
「あー、そうだね。確か大都市のアリーナを貸し切って行うんだよね。大手企業とはいえ、すごくお金がかかってるよね」
満は思い浮かべるような仕草をしながら話をしている。
二人が言うアリーナというのは、アイドルのコンサートをするなど大規模なイベントが行われる大きな箱ものだ。
アーティストたちにとっては憧れの場所でもあり、アバター配信者とはいえども例外ではなかった。
「本当、よくあそこを押さえられたよな。それだけ企業も本気なんだろうな、宣伝に」
「風斗ってば」
最後に付け加えられたひと言に、満は思い切り笑ってしまう。
でも、確かに大きな会場でイベントを行えたとなると、企業にとっても大きなステータスになる。どれだけ本気かということも示せるので、メリットは想像以上なのだ。
ただ、それに付き合わされる一般人は、満たちのように大慌てである。
「近くの宿泊施設にしても、取れるかどうかわからないしな。最悪ネットカフェのような場所になるかもしれないな」
「そうなるよね。ただ、僕の場合はこうやって性別がコロコロ変わるから、外泊はやりにくくて困るんだよね。女性になったところで、ルナさんに吸血を我慢してもらうしかないかな」
「そういえばそうだったな。お前も難儀な体質になったもんだよな」
「うん、まったくだよ」
今度は机に伏してしまう満である。
「現地集合が一番だろうけど、問題なのはお前の体質のことだよな」
「あっ、そっか。世貴兄さんってば、僕のこの体質のこと知らないもんね。男の状態しか知らないから、この姿で現れたらびっくりしちゃうか」
アバター配信コンテストのことで話をしている最中、最大の問題に気が付いてしまう二人である。
風斗のいとこである世貴と羽美の双子は、満ともよく遊んだことがある。それがゆえに満の性別もしっかり知っているのだ。
その満が女性として現れれば、当然混乱は必至なわけで、それゆえに二人は頭を悩ませているというわけなのだ。
「なるようになれって感じかな」
「案外、世貴兄さんだとすんなり信じちゃいそう」
「だけどな、世貴にぃに知られるってことは、多分自動的に羽美ねぇにも知られるだろう。あとは二人の良識に任せるしかないな」
アバター配信者コンテストの本選考に参加するにあたっては、どうやらいろいろな問題が待ち構えているようだ。次から次に出てくる問題に、満も風斗も大きなため息をつくばかりだった。
とはいえ、今さらながらにキャンセルするわけにもいかないだろう。
世貴の性格上、今頃必死になって最終調整を行っているだろうからだ。
「……とりあえず、世貴にぃには三日前くらいに現地集合ってことで伝えておくぞ」
「それでお願い、風斗」
もう後戻りはできないと、二人は覚悟を決めたのだった。
現地に集合してからの細かいことは、大学生である世貴に丸投げである。
ただ、三日前という日付を設定したのは、現地でも調整をする可能性を考慮してである。さすがはいとこ、ある程度の性格は把握しているのだ。
「三日前となると、前後一週間は確実に配信はお休みかあ。いつお知らせを出そうかな」
「できるだけ早い方がいいと思うぞ。理由は家族旅行とでも適当に言っておけばいい。コンテストの参加のことは、当日まで内緒なんだからな」
「さすが、風斗。頼りになるなあ」
いろいろと相談に乗ってくれる風斗の姿に、満はにこにことした笑顔を見せている。
風斗はその笑顔に、思わず顔を真っ赤にしてしまう。
「風斗、どうしたの?」
「な、なんでもねえよ。とりあえず、お前は当事者なんだ。しっかり心構えをしておけよ」
「うん、分かったよ。ありがとう、風斗」
ここでも満は無自覚に破壊力の高い笑顔を見せる。
こうなってくると、風斗はもうまともに満の顔を見られなくなっていた。
周りにいるクラスメイトたちは、おおむねほんわかした気持ちで二人の様子を見守っていた。
アバター配信者コンテストの本選考まであと二週間。
いろいろな思いや課題を抱えながら、着実にその日は近付きつつあるのだった。