第175話 満の認識、他人の認識
三人は無事に駅前の商店街に到着する。
夏の暑さの中を自転車でやってくれば、それは当然汗だくになってしまうものだ。
「まったく、なんだってんだよ、この暑さは……」
「溶けちゃいそう」
「僕もきついよ。早くお店に入ろう」
三人揃ってもうへとへとのようである。
まったく中学生だというのにこの状態。今年の夏もそのくらい暑い日々が続いているのだ。
香織は最近髪を少し短くしたものの、満はルナへの影響を考えて長い髪のままである。高い位置でポニーテールにしているものの、暑いものは暑いのだ。
「カラオケボックスは、あそこの建物の三階だったな。とにかく日向から逃げよう」
「うん、そうだね」
だらだら流れる汗を拭って払いながら、満たちはひとまず日陰を求めて近くのビルへと逃げ込んだ。
「満、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。僕の体は今は半分吸血鬼なんだもん。太陽の光で体が焼けちゃうところだったよ」
それが証拠にと、満が腕を見せてくる。
ルナの影響で白くなっているはずの肌が、少し赤くなっている。
「空月くん、日焼け止め塗ってきた?」
「時間がなくて塗れなかったよ」
「ダメよ、ちゃんと対処しなくちゃ。肌は大事にしないとね」
対処をしてなかったことを言うと、満は香織から思い切り怒られていた。
今までなんともなかったのが不思議なくらいだ。おそらく、直射日光を浴びていた時間が短かったからだろう。
今日は雲一つない晴天に加えて、家から駅前まで信号待ちを含めて20分少々かかっていた。駅前ともなれば高い建物も増えるので、反射光をまともに浴びて症状が出てきたのだろう。
「日焼け止めを塗るか、UVカットの服を着るかしなきゃ。女の子はいろいろ大変なのよ」
「う、うん。次から気を付ける」
「ダメ、今からよ」
面倒くさそうにしている満だったが、香織からぴしゃりと叱られていた。これには風斗も苦笑いである。
「村雲くんも付き合って!」
「えっ、なんで俺まで」
「幼馴染みでしょ!」
「あっ、はい……」
香織の圧がいつにもましてすごい。普段はあまり見ることのない強気な香織に、風斗までもがたじたじである。
結局、すぐにはカラオケボックスに向かわず、女性服売り場に連れていかれることになった。
そこで購入したのは薄手のカーディガン。ちゃんとUV対策を施したものである。
「これでよし。冷房で少し寒くなっても、これがあれば少しはマシになるはずよ」
「そういう花宮は、かなり肌を出してるよな」
「私はちゃんと塗ってきたもの。女の子なら、どんな時でも対策を怠らないものよ」
風斗の指摘に対して、香織はドヤ顔を決めていた。
この時、満は女の子って大変だなぁと、改めて思ったのだった。
いろいろあったものの、ようやく本命のカラオケボックスに到着した。
「やっと来れたよ」
「まったくだな。思った以上に時間を食っちまった」
家を1時には出てきたが、時計は既に2時を回っている。自転車による移動も時間は長かったものの、満の肌のことでごたごたしたので、その分遅くなってしまったのだ。
「でも、3時間コースでいけそうね」
「確かに、そのくらいの余裕はあるな。満、いけるか?」
「余裕だよ。お財布も任せて」
満はいろいろと自信たっぷりに答えていた。
なにぶんアバター配信者活動による収益がかなり入ってきているのだ。さっきのカーディガン代も満が払っていたが、それでもまだ余裕があるらしい。
「あんまり無茶すんなよ。中学生のお小遣いなんて、すぐに底をつくんだからな」
「うん、そこは気を付けるよ」
話を終えた満たちは、ようやくカラオケボックスへと入っていく。
待ちに待ったうっぷん晴らしの舞台。満たちは3時間のフリータイムを熱唱して過ごしていた。
「ふぅ、すっきりしたぁ」
カラオケボックスから出てきた満は、背伸びをしながら満足そうに呟いている。
「やっぱり女の姿のせいか、満の声は高いところまで出るんだな」
「えっ、僕は声変わりしてないんだけど?」
風斗がこぼした感想に、満はきょとんと不思議そうな顔をしている。
「でも、確かに印象として、元の空月くんよりは声が高い気がするわ。私も同じように感じたもの」
「花宮さんまで!?」
風斗だけではなく、香織にも同じ指摘を受けてしまう。
これには満もさすがに驚いてしまい、二人の顔を何度も見ている。
「う~ん、僕はなんとも思わないんだけどな」
「そういうのはあるだろう。自分と他人とじゃ、受け取り方が変わるなんてのはよくある話だ。俺たちは男と女の両方のお前を知ってるんだしな」
「うんうん。他人の感想ってことで、空月くんがそこまで気にすることはないと思うわ。ただ、頭の片隅には置いてもらいたいかなってところ」
「分かったよ。ちょっとだけ気にしてみる」
満は仕方なく二人の言い分を受け入れていた。
「よーし、歌いまくったら疲れたな。さっさと家に帰って風呂入って飯だぜ」
「ふふっ、そうね。夏休みまで二週間くらいあるけど、今年も楽しみだね」
「うん、夏休みはいつでも楽しみだよ」
期末試験を終えてすっかり羽を伸ばした三人は、自転車をこいでそれぞれの家へと戻っていったのだった。