第167話 日焼けは問題なんだよ
翌日、男に戻っていた満は、クラスの中で香織と話し込んでいた。
「今日は男の子なんだね」
「うん、いろいろあったけどちゃんと眠れたからね。そういう時は、ルナさんはちゃんとしてくれてるよ」
「そうなんだ。意外と律儀なのね」
男女の組み合わせではあるものの、風斗と話すよりは自然と香織とは話ができている。
風斗の場合は、満というよりも風斗の方が様子がおかしくなるので、そのせいで話しづらくなるだけなのだ。
香織の方にはそういうことがないので、平然と話していられるというわけである。
「そういえば思ったんだけど、これから暑くなるでしょ、肌の露出が増えると、日焼けの問題が出てくると思うのよね」
「う~ん、日焼けかぁ。気にしたことなかったかな」
香織が出した話題について、満はあんまり気にしていないようだ。
無頓着そうな満の反応に、香織はちょっと呆れた表情を見せている。
「花宮さん、なんでそんな顔をするの?」
満は不思議でたまらなさそうだ。なんでそんなに引かれているのか分からないのである。
「空月くんって、結構無頓着なのね。でもまぁ、それもそうかな。男女の性別がころころ変わる人なんていないし、コスプレでもしてないとそういうのは分からないかな」
「花宮さん、話が見えてこないんだけど?」
香織の話している内容がまったく分からない満は、思わずツッコミを入れていた。
なんとも反応の悪い満に対して、香織はジト目を向けている。
「日焼けは本当に気を付けておいた方がいいわよ。まぁ空月くんの性別が変わった時に体の状態を引き継ぐか分からないけど、日焼け跡が残っていたら大変なことになるわよ。特に女性から男性になった時にね」
「あっ……」
香織にここまで言われて、ようやく満は話が見えてきたようである。
男に戻った時に女性用の服装の日焼け跡が残っていれば、それはもうそれで問題になる可能性があるのだ。
まだタンクトップのような服の日焼け跡ならごまかせるだろうが、ものによってはあらぬ疑いをかけられる。満は今頃になってそれに気が付いたのである。
「そっかぁ……。気を付けるよ、花宮さん」
「うん、念のために気を付けておいてね」
今はまだ梅雨の時期で空が曇りがちだ。
しかし、梅雨が明けると晴れ間が顔を覗かせて、太陽の光が容赦なく降り注ぐ。そうなると日焼けとはどうしても付き合わなければならない。
日焼け跡というのは、多くの人を悩ませる問題なのである。
「はあ、ルナさんに相談できないかなぁ……」
休み時間が終わって席に戻った満は、憂鬱そうに大きなため息をついていたのだった。
その日の夜、満は不思議な夢を見る。
それは以前にも見たことのある、不思議な空間での夢だった。
「ここは……。確か、初めてルナさんの声を聞いたところ?」
夢の中で満はきょろきょろと辺りを見回す。
再び正面を向いた時、そこに見たことのある影を認めた。
「久しぶりだな、満」
「ルナさん。今日はどうして?」
声を聞いた満は、ルナに問いかける。
「今日、面白いことを話題にしておったろう。日焼けだったかな、確か」
満はルナの言葉に驚いていた。どうやら今日の香織との会話を全部聞いていたらしい。
「日焼けのことなら気にせんでいいぞ。妾の力を使えば、日焼け程度消すことは造作もない。なにせ、満の中でずいぶんと力を取り戻してきたからな」
「あ、そうなんですね。それじゃ、あまり気にしなくてもよさそうですね」
ルナが告げた内容に、満はほっと胸を撫で下ろしている。
ところが、次の瞬間、満はルナから拳骨を食らっていた。
「バカもんが!」
「い、痛いよ、ルナさん。なんで夢の中なのにこんなに痛いんですか?!」
満は頭を押さえてその場に座り込んでいる。
「日焼けを直すということは、妾の力をそれだけ消耗するということだ。そうなると、妾の完全復活は遅れてしまう。満はいつまで男女の二重生活を送るつもりなのだ」
「ううう……、気を付けます」
ルナに怒鳴られた満は、頭を擦りながら反省している。
「母君に言えば、日焼け止めくらい買ってくれるだろう。外に出る時には忘れずに塗るのだぞ。いくら人間の体とはいえ、元は妾の姿だ。無頓着でいられては、妾が困るというものぞ」
ルナは腕を組みながら、満を見下ろしている。
「だったら、女に変身する頻度を下げてくれればいいのに……」
不満そうな顔をしながら、ルナに言い返す。
さすがにこれにはルナも困った顔をするしかなかった。
「妾でコントロールできればいいのだがな。完全復活のためには、妾が外の世界に慣れればならぬ。そのためには、どうしても変身は避けられぬのだ」
ルナは頭を抱えている。
「かといって、ずっと女のままでいろとも言えぬ。妾の姿になじみ過ぎると、妾が個人として復活するのではなく、満の体を乗っ取って復活してしまうからな。さすがに妾はそれを望まぬゆえ、不便ではあるが我慢してもらいたい」
「そんなぁ……」
驚愕の事実を突きつけられた満は、その場に手をついてしまう。
一方のルナも、それは不本意だと言わんばかりの表情を浮かべている。
「とにかく、満が体のことをいたわって今まで通り配信を行っておれば、早ければ数年内に妾は復活できるであろう。満に我慢を強いることになるのは心苦しいが、堪えておくれ」
「わ、分かりました。僕も普通の男の子に戻りたいですから、頑張って耐えてみせます」
「うむ、すまぬぞ、満」
話を終えると、満の目の前が揺らぎ始める。
「あれ、なんで夢の中でめまいが……?」
「意識を無理やり覚醒させたからな。その反動が来ておるのだ。ゆっくり休め、満よ」
満の目の前がぼやけていき、やがて完全に眠りに落ちるのだった。