第166話 水着ひとつでダウンしそう
あれからあっという間に時が過ぎ、ついに憂鬱なプール開きの日がやって来た。
よりにもよって、そんな日に満はルナモードになっていた。
「はあ、なんだってこんな日に女の子なんだよ……」
六月に入って衣替えが行われており、半そでかつ少し薄手の制服に満はその身を包んでいる。靴下もさすがに白のハイソックスと短いものになっている。
荷物はいつもの学生かばんに加えて、体育の授業用の水着も持っている。
「あら、満。その袋って何かしら」
「なにって、水着だよ。今日から体育の授業はプールになるんだ」
「な、なんですって!」
満がいやいやながらに答えると、母親はものすごくショックを受けていた。
「うう、そうと知っていたら、私が水着を用意していたのに……。なんで知らない間に買ってきているのよ、この子は」
机に手を突きながら、泣いているふりをする母親。
「ごめん、お母さん。うそ泣きは通じないから。この水着は花宮さんと一緒に買ったんだ。この袋はその時に一緒に買ったやつだよ」
「あらそうなのね。香織ちゃん元気してたかしら」
香織と一緒に買ってきたと聞くや否や、母親はすっかりうそ泣きをやめて復活していた。
いくらなんでも変わり身が早すぎないだろうか。
「うん、元気にしてるよ。というか、結構な頻度で話をしてるじゃないの」
「あら、そうだっけ?」
とぼける母親である。
「そっか、夏だもんね。水着、うん、そうよね」
「お母さん、まさか……」
母親の様子を見て訝しむ満だが、母親は満の背中を突然押し始める。
「心配しなくてもいいのよ。それよりも、そろそろ行かないと遅刻するわよ。はい、いったいった」
「ちょっとお母さん、押さないでよ」
びっくりして思わずこけそうになる満である。
その後、どうにか体勢を立て直した満は、ため息をつきながらも元気よく学校へと向かっていった。
「まったく、すっかり女の子も板についてきたわね。それはそれとして、あの子ちゃんと水着着られるのかしら」
無事に満を送り出した母親だったが、急な不安に駆られてしまう。
「まっいっか。香織ちゃんと同じクラスって言ってたし、教えてもらえるでしょ」
あっさりと気持ちを切り替えて、とっとと家事に取り掛かっていたのだった。
学校にやって来た満は、やはり体育のところで難しい顔をしていた。
ここまでいろいろと女性ものの服を着てきたものの、水着は実は初めてだ。
香織からある程度説明を聞いていたとはいえ、いざ着るとなると相当な覚悟が必要なようだった。
結局、みんなの中で堂々と着替えることはできず、香織の手助けを借りながらどうにか着替えたのだった。
女性になるようになってからもう九か月も経つというのに、慣れない部分は慣れないようだった。
「はあ……。ごめんね、花宮さん」
「ううん、いいのよ。初めてだとどうしても抵抗があると思うし、ルナちゃんは元々が特殊だからね」
しゅんとする満を、香織はどうにか慰めていた。
好意を寄せている相手に対して、こうやって世話を焼けるというのは、香織はとても嬉しく感じていた。
だけど、思い悩んでいる姿を見るのは心苦しい。
香織も今の満の姿を見て、ちょっとばかり複雑な心境になっていた。
「と、とりあえず今日は乗り越えられたから、少しずつ慣れていけばいいと思うわ。私だっているし」
「ありがとう、花宮さん」
ごまかしながら満を励ます香織だったが、不意に見せられた満の上目遣いに思わずどきりとしてしまう。
(うっ、女の空月くん、可愛すぎないかしら……)
思わず鼻を押さえて顔を背けてしまう。香織の様子を見て、満が心配そうに見ている。
「花宮さん、大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫よ。とりあえず、女の子になっている時は私を頼ってちょうだいね。幼馴染みなんだから、ねっ」
どうにか気を持ち直した香織は、右手の親指を立ててウィンクをしている。
「うん、頼りにさせてもらうよ」
最後には二人揃っての笑顔である。
「それじゃ、僕は自分のクラスに戻るね」
「ええ、また後でね」
プールから戻ってきた満と香織は、それぞれのクラスへと戻っていった。
どうにかこうにかプールの授業の初日を乗り切った満だったが、家に帰ってきた時に更なる衝撃に見舞われていた。
それというのも、母親が知らない間に水着を買ってきていたからだ。
「いや、お母さん?」
「なによ、満。お母さんからのプレゼントが嬉しくないの?」
「う~ん、嬉しいとか嬉しくないとかそういうんじゃなくて……。なんで僕に黙ってそんな無駄遣いするんだよ」
「無駄遣いだなんてとんでもない。夏休みには幼馴染み同士で市民プールには行かないのかい? その時女の子だったらどうするつもりよ。一人でプールサイドで寂しく待っているのかい?」
「うっ……」
母親からの圧に、満はこれ以上の反論ができなかった。
こういう時の母親はとても強いのである。
この時の満はこう思った。
(世貴兄さんにルナの衣装で水着でも作ってもらおうっと。少しは慣れておかなきゃ……。あと、早くルナさんには完全復活してもらわないといけないな)
このまま男女の間での変身が続くと、周りからおもちゃにされかねない。
身の危険をひしひし感じ取った満は、今日も憂鬱になるのだった。