第160話 心模様はまるで梅雨空のよう
六月に突入する。
世間的には梅雨の時期に入り、今日も雨が降っている。
「うう、じめじめしてきついよう……」
「みち……ルナ、すっかり参ってるな」
「風斗ぉ~……」
相変わらずの頻度で女性になっている満は、雨の日に運悪くあたってしまっていた。
吸血鬼は流れる水が苦手なのだが、満もその影響を少なからず受けているようだ。
とはいえ、ここまで疲れた様子を見せるのには他にも理由がある。
「蒸し蒸しする~……。ああ、女性ってこんなに大変なんだ……」
そう、湿度と気温だ。
最近は温暖化の影響で梅雨の間も気温が高い。そのために、湿度と気温のダブルパンチに加え、吸血鬼特性まで加わってトリプルパンチでダウンしているのである。
「髪は切っちゃうとルナさんに怒られそうだし、肌着も多いから熱がこもっちゃう。ああ、暑いよう……」
机の上でごろごろする満に、風斗はものすごく焦っている。
満はなかなかに感情に対して鈍いところがあるし、風斗とは男友だちの感覚で接してくる。そのせいで風斗の心は動揺しまくりなのだ。
「悪いな。さすがに俺に対処法は分からないから、女子に聞いてくれ。花宮とかがいいんじゃないか?」
「えー、隣のクラスまで行くの? もう動きたくないよう……」
情けない声に姿を見せる満に、風斗の焦りは増すばかりだ。
(ああ、もう。今の自分の性別を考えてくれよ!)
心の中で必死に叫ぶ風斗である。
その時、近くを女子生徒が通りかかる。
「ちょっと、いいか?」
「私?」
「ああ。目の前のこいつにちょっと手を貸してやってほしいんだ。俺じゃ対応が難しいんだ」
風斗に言われて、女子生徒はルナとなった満を見る。
明らかにおかしな状態を見て、女子生徒はすぐに察したようだ。
「なるほど、これだけきれいな髪の毛ですからね。切りたくないですよね。うん、任せて下さい」
女子生徒は満の後ろに回り込む。
「ルナちゃん、ちょっと失礼しますね」
髪を持ち上げて束ねながら、女子生徒は胸ポケットから何かを取り出している。
「私、ヘアゴムの予備はいつも持ち歩いてるんです。首の後ろの辺りって湿気がこもるので、ここを持ち上げて結んであげれば少しはマシになると思いますよ」
手慣れた感じで女子生徒は満の髪を結んでいく。
気が付くと、満の髪型はツインテールにされていた。
「へえ、結構似合うな」
「はい、渾身の出来です。とはいっても、左右に髪を持ち上げて結んだだけですけれどね。こういう簡単に結んだだけでも、だいぶ違うと思いますよ」
女子生徒は両手を合わせてとても嬉しそうに話している。
「呼び止めてすまなかったな。でも、いい感じにしてくれてありがとう」
「はい、ルナちゃんのことは以前からちょっと髪をいじってみたいと思っていましたので、こうやって念願が叶うなんて思ってもみませんでした。なので、お礼を言うのは私の方かと思います」
両手を体の前で合わせて、心から嬉しそうに笑っている。
「……すまないけど、名前なんだっけか。新しいクラスになってから、付き合いの少ない奴の名前がどうも覚えられなくてな」
「風斗?」
「な、なんだよ、み……ルナ」
突然満に顔を近付けられて、風斗は顔を真っ赤にして激しく動揺している。
「クラスメイトの名前くらい憶えておきなさいよ」
「そういうお前は覚えてるのかよ」
満に言われて言い返す風斗だったが、満は自信たっぷりな態度を見せていた。
「もちろんですわよ。桃園さん、桃園実花さんでしたよね」
「うわぁ、私のこと覚えてくれてるんですか? すっごく嬉しいです」
実花はとても明るい笑顔を見せている。言葉通り嬉しいのだろう。
満と美香の様子を眺めている風斗は、自分の席だというのにその場にいたたまれない気持ちが生まれてきていた。
ルナの姿となった満を、本格的に男友だちとは見られなくなってきているのではないか。
風斗の心にはそんな気持ちが本格的に湧き上がり始めていた。
キーンコーンカーンコーン……。
思い悩む風斗を助けるかのように、ちょうどチャイムが鳴り響く。
「あっ、休み時間が終わっちゃいましたね。それでは席に戻りますね。またお話しましょう」
「ええ、桃園さん」
「実花でいいですよ。お友だちになりたいですから」
「分かりました。み、実花ちゃん」
「はい」
満に名前を呼ばれた実花は、満足そうに自分の席へと戻っていった。
「お前も席に戻れよ。もう教師が来るぞ」
「あっ、そうだね。ごめんね、風斗」
そっけなく風斗に促された満は、自分の席へと戻っていった。
それと同時に次の授業の教師が入ってくる。
授業が始まっても、風斗は梅雨の蒸し暑さもあってどこか上の空だった。
(まったく、何なんだよ、このもやもやとした気持ちはよ……)
風斗は両肘をついて頭を抱え込んでいた。
(満は俺の幼馴染みで親友だ。時々女になるだけの男友だちなんだ。こんなまやかし、俺には通じないからな)
結局、この日の間の風斗の様子はおかしなまま放課後まで続いていた。
なにせ、一緒に帰ろうとしたら一人にしてくれと、珍しく満の誘いを断っていたのだから。
どうやら満と風斗の関係性は、この梅雨の空模様のようにすっきりとしない状況に陥ってしまっているようである。