第157話 発表の日
いよいよ問題の日がやって来た。
今日は五月三十日。アバター配信者コンテストの一次選考の結果が分かる日だ。
しかし、サイト上で案内されるのは本選考の日時と会場だけであり、参加者の名前は記されない。アバター配信者のプライバシーに考慮された形になっているようだ。
その日の満は学校でも気が気ではなかった。
本来なら吸血衝動で体が変化するはずなのに、緊張のし過ぎでルナの姿で学校に現れたからだ。
朝、クラスにルナの姿で入ってきた時には、風斗は思わず椅子から転げ落ちたくらいだったのだから。
「なるほどな。一次選考の結果を気にし過ぎて変身したままと、そういうわけか」
「うん。夜はよく眠れたんだけど、起きたらこの姿だったから僕も驚いてるよ」
ここ最近は満とルナの姿はほぼ一日交代だった。それが連日となると、風斗も思わず険しい顔をしてしまう。
「このまま、体を乗っ取られやしないだろうかな」
「うん、何か言った?」
ぼそりと呟いたら、満に困った顔で迫られていた。その表情を見た風斗は、思わず満の手を払ってしまう。
「いや、なんでもねえよ。一人で見るのがつらいなら、俺も付き合ってやるからよ」
「うん、ありがとう、風斗」
風斗の提案に喜ぶ満だったが、この時の風斗の顔をしっかり見ていないのは、はっきりいってミスだっただろう。
(……満は男だ。親友なんだから、こんな気持ちになるのは、おかしいだろ……)
満がにこやかに笑う中、風斗は満の顔を直視できないまま、顔を真っ赤にしていた。
「と、とりあえず授業が始まるぞ。自分の席に戻れよ」
直視しないまま、満を自分の席に戻そうとしている。風斗の態度を怪しく思った満は、不満そうな顔を向けている。
「変な風斗。こっちを見てよ。そしたら、席に戻るから」
「も、もうチャイムが鳴るだろ。さっさと戻れよ」
風斗は意地でも顔を向けないつもりのようだ。自分の今の顔を満に見られたくないらしい。
「風斗~?」
満は唇を尖らせているが、風斗は顔を背けたままだ。
そこで、次の授業が始まるチャイムが響く。
「ほら、チャイムが鳴ったぞ。戻った戻った」
「は~い。それじゃ、放課後、僕の家に付きあってよね」
「分かったから、さっさと戻る戻る」
追い払われるように、満は自分の席へと戻っていく。
ようやく顔を満の方へと向けた風斗は、大きく安堵のため息をついていた。
(ふぅ、あいつと席が離れていて助かったぜ。まったく、どうしてこんな風になっちまったんだろうな。わけが分かんねぜ……)
教師が現れるまでの間、風斗は机に軽く伏してしまったのだった。
親友のはずの満との間に生まれた感情を、理解するのを拒むかのように。
放課後、落ち着きを取り戻した風斗は満の家にやって来た。心の準備ができていないという満と一緒に、アバター配信者コンテストの一次選考の結果を見るためだ。
コンテストのホームページでは通過者の発表が行われず、応募時に使ったメールアドレスに合否の結果が記載されている。
そこには本選考にて扱うテーマも記載されているらしい。
「ただいま、お母さん」
「あら、お帰りなさい。風斗くんもいらっしゃい」
「お邪魔します」
満の母親が出迎えてくれたので、ひとまず挨拶をしている。
家に上がって満の部屋へとやって来ると、部屋の内装に風斗は思わず目を疑ってしまう。
「ずいぶんと、部屋の中が変わったな」
「う~ん、そうかな。やっぱり、こっちの姿の頻度が増えたから、知らないうちに影響されちゃったかな」
もともと飾り気のない部屋だった満の部屋だが、半分くらい可愛らしいもので埋め尽くされるようになっていた。
「でも、この机の周りは元のままだよ。さすがに自分を見失いたくないからね」
満はどこか誇らしげな表情をしている。
「まぁ、それは今はどうでもいいよね。とりあえずパソコンを起動するから、ちょっと待っててよ」
「お、おう」
風斗に声を掛けて、満は早速電源を入れてメールチェックを始めることにする。
この後何も手がつかなくなってしまう可能性はあるけれど、一番最初に確認作業をすることにした。
実は応募した直後に自動返信で、アバター配信者コンテストの一次選考の結果に関わらず、応募者全員にメールは送信されるという記載がなされていた。だからこそ、満はメールを確認するのである。
「それじゃ風斗、メールボックスを開くよ」
「お、おう」
満の言葉を受けて、風斗もごくりと息を飲んでいる。
メールボックスには新着メールが来ていることを示すマークがついている。
受信箱を開くと、『アバター配信者コンテスト公式』という名の差出人のメールが一番上にあった。時刻は13:17と書かれているので、お昼休憩後から一人一人に宛てて送ったものと思われる。
意外と仕事が細かいなと思う満と風斗だった。
ごくりと息を飲んで、二人は件名へと視線を向ける。
そこにはこう書いてあった。
『一次選考通過のお知らせ』
どうやら、満が送った動画は無事に一次選考を突破できたようである。
「よかったな。これで世貴にぃたちに相談ができるな」
「うん、僕もほっとしたよ。ひとまず、本選考の日時と場所を確認しなきゃ」
嬉しさをかみしめながらも、次の段階に向けての準備へと入る。
アバター配信者になってからの満の成長に、風斗は安心した表情を見せたのだった。