第156話 近い節目
ゴールデンウィークも過ぎ、特に問題もなく日々が過ぎていく。
中間テストも無事に終わりを告げ、満はとあることがいよいよ気になり始めていた。
それは何かというと……。
「うう、そろそろ三十日か。あれの発表があるんだよね」
学校の昼休み、屋上に続く階段の一番上で、満は風斗と会っていた。
今日の満は男の子の状態なので、風斗とはクラスが違っている。
それに加えて、人前で話せる話題ではないので、こうやってひっそりとした場所に来ているのだ。
「ああ、アバ信コンテストの一次選考の発表か。こういうのって事前に通知とか来たり来ないのかな」
「どうなんだろうね。こういう経験はしたことないから、僕もよく分からないや」
風斗が分からないのに、満が分かるわけがないのである。
満と風斗を比べれば、この手の話題は風斗の方が詳しいはずだからだ。
「そっかぁ、世貴にぃたちに聞いてみるか。あの二人なら、こういうコンテストは経験あるだろうしな」
「うん」
実は満、今回の中間テストもコンテストの結果が気になって勉強に身が入らなかったという。
なんといっても、コンテストの一次審査の結果が発表されるのは五月三十日。中間テストから一週間ほど後のことなのだ。
今回のコンテストの結果いかんでは、満の今後の生活ががらりと変わる可能性があるわけで、だからこそ満は気になって仕方ないという。
この日、風斗と話をしているのもそういった不安があるからだった。
「はあ、とりあえず俺が聞いておくことにするよ。満はとにかく普段通りを心掛けてくれ。あまりにおどおどしてたら、リスナーたちが心配するからな」
「う、うん、分かったよ、風斗」
アバター配信者コンテストに関して話を終えた満と風斗は、ちょうどチャイムも鳴ったこともあって、それぞれの教室へと戻っていったのだった。
今日は月曜日ということで、その日の夜は光月ルナの配信を行う。
「おはようですわ、みなさま。光月ルナでございます」
『おはよるなー』
『おはよるな~』
配信を始めれば、満はいつもの調子に戻れる。
もうすっかり、光月ルナとしての活動は自分の一部となっていた。
このリスナーたちとのやり取りに安心してしまう。すっかり心地よさに満たされているようだ。
『そういえば、ルナち。アバ信コンテストの結果が来週に控えてるよね』
『そうか、もう5月も下旬だったな』
リスナーたちも相当に関心があるのか、満が話題を振らないでもアバター配信者コンテストの話題が飛び出してきた。
「こほん、確かにもうそろそろでございますね。僕もやれるだけのことはやってみました。それでダメでしたらそれまでという事です。僕は静かに天命を待ちますわ」
気にしていないわけじゃないけれど、できれば話題には触れてほしくなかったなと思う満。なので、あまり話題が大きくならないように自分ですっぱり結論を出しておいた。
『ルナちが覚悟を決めているようだし、俺らがもうとやかくいうことではないな』
『禿同』
一人のリスナーの発言をきっかけに、黙って見守る方向でリスナーたちが一致団結していた。
光月ルナのリスナーたちは、人間的にも素晴らしい人たちのようだった。
「はい、お話がまとまりましたね。結果については、十日後の配信で語ることになりそうですね。それまではぜひとも静かに見守って頂ければよろしいかと思いますわ」
満からも念押しをするように話をすると、リスナーたちは全員その願いを聞き入れていた。
このリスナーたちの反応は、満も感動するしかなかった。
「みなさまのようなリスナーに恵まれて、僕は幸せ者でございますね。思い切ってこの世界に飛び込んで正解でしたわね」
『ワイらもルナちに会えてよかったと思ってるで』
『うんうん』
『ルナちは可愛い』
満が正直な気持ちを話していると、リスナーたちからも優しい言葉が掛けられている。
これだけアンチの姿が見えない配信者というのも、そうそういるものではないだろう。満は本当に恵まれていると思われる。
「それでは、今日はこのくらいで終わりに致しましょう」
時間もちょうどいいので、今日の配信を終えようとしている。
「僕がデビューしてからほぼ八か月。本当に優しい方々に囲まれたおかげで、僕はここまでやってこれました。アバター配信者コンテストの結果はどうなるか分かりませんが、これからもみなさまに楽しいひと時を提供できますよう、精進させて頂きますわ」
『ルナちはワイらの癒しやで』
『応援してるで』
『シルバレ配信楽しみにしてるぞ』
満の言葉に対して、リスナーたちからはスパチャも交えながら温かい言葉が飛んでくる。
みんなからの言葉に、満は思わずじーんとしてしまう。
「それではお時間ですわね。またお会いできる時を楽しみにしておりますわ。みなさま、ごきげんよう」
『おつるなー』
『おつるな~』
こうして、今日の配信も無事に終える。
配信を終えたばかりの満は、天井を見上げている。
(やばい、泣きそう)
リスナーたちから相変わらず優しい言葉をかけられていたので、感動のあまりに涙がこぼれそうになっていたのだ。
どうにか涙を流さずに済んだ満は、改めて自分のチャンネルの状態を確認する。
最初は同接三人から始まったチャンネルも、アバター配信者コンテストでの話題性も手伝って、今や登録者が六桁目前となっていた。
「僕もついにここまで来たんだな……」
六桁を目前にした満は、感慨深くなっていた。
ところが、次の瞬間、満は大あくびをしてしまう。
「そっか、十時も過ぎちゃったもんな。そろそろ寝ようかな」
就寝時間が早い満は、すっかりお眠のようだった。
あまりにもあくびが止まらないので、まだやりたいことがあるというのに布団を敷いて寝ざるを得ない満なのであった。