第152話 華樹ミミの持ち込み企画
Vブロードキャスト社で会議が行われていた翌日の事、本社ビルを訪れる一人の女性がいた。
「あれ、華樹ミミさん。今日はどうなさったんですか」
「こんにちは。今月は間に合わないから、来月の配信企画を持ち込みに来たんですよ」
「それはそれは。って、配信じゃないんですね」
「ええ、今日は違いますよ。森さんはいらっしゃいますでしょうか」
企画を持ち込みに来たということで、Vブロードキャスト所属の多くのアバター配信者の担当をしている森に話を通そうというわけである。
「森でございますね。今お呼びしますので少々お待ち下さい。待ち合わせはスタジオフロアでよろしいでしょうか」
「はい、そのようにお伝え下さい。あそこなら私たちのプライベートは守られますからね」
入社許可証をちらつかせて、華樹ミミは笑っている。
ちょっとにやついているような華樹ミミを見て、受付は笑いながら受話器を持って内線を掛けている。
『はい、アバター配信課の森です』
「森さん、お疲れ様です。華樹ミミさんがいらっしゃっております」
『華樹ミミが? 分かりました。スタジオフロアに向かうように伝えて下さい』
「承知致しました。では、お通ししますので、ご対応よろしくお願いします」
内線を切ると、華樹ミミに向かって受付は笑顔で親指を立てていた。
その様子があまりにもおかしかったので、華樹ミミも同じポーズを返しておいた。
Vブロードキャスト社のスタジオフロアに移動した華樹ミミは、打ち合わせブースの中で森がやって来るのを待つ。
しばらくすると、コツコツと足音が響く。
「お待たせしました。森でございます」
扉がノックされて声が聞こえてくる。間違いなく森の声だったので、華樹ミミは立ち上がって扉を開いた。
「おはようございます、森さん」
「ええ、おはようございます。どうなさったんですか、今日は配信の予定ではないでしょうに」
森は困った様子で話している。
普通は予定もないのに会社に出向いてくるようなことはない。
だが、この華樹ミミだけは例外だった。
それというのも、このVブロードキャスト社のアバター配信課を立ち上げて以降、華樹ミミは会社の事業を支え続けてきた一員なのである。
そして、今もVブロードキャスト社のトップアバター配信者として君臨している。
今回も配信のネタを持ち込んできたらしく、森は少し期待をしながら席に着いた。
「それで、どういうつもりなのですかね」
「ええ、もう次の日曜日は母の日ではないですか」
「そうですね。でも、今日は火曜日ですので、企画を持ち込むにしても間に合いませんよ」
互いに真剣な雰囲気で話をしている。
長い付き合いになっているので、互いに雰囲気で察せてしまうところがあるようだ。
「分かっています。ですので、来月の父の日に合わせて企画を出そうと思っています」
「それならいいでしょう。華樹ミミの話なら、聞いておいて損はないでしょうし」
森はため息をつきながら、改めて華樹ミミをしっかりと見ている。
「母の日、父の日にちなんで、私たちアバター配信者から、アバターのイラストとモデリングを担当して下さった方々、つまりママとパパにお気持ちを伝える企画を考えました。Vブロードキャスト社のアバター配信事業も長くなりましたからね」
「なるほど、その企画はいいと思いますね。ちょうど五期生の募集を控えた時期になりますし、上には掛け合ってみます。いくらあなたの企画とはいえ、通るとは限りませんからね」
「分かっていますよ。私はあくまでも外部の人間ですしね。運営に口を出すのも厚かましいかとは思っていますよ。でも、関わっている以上は、少しでも良くしたいとは考えてしまいますからね」
「ええ、あなたの考えはよく分かっていますよ。設立当初からの仲間ですからね」
しばらく話をしていた二人は、少し黙り込んでしまう。
さすがに気まずくなったのか、森がそそくさと立ち上がる。
「ちょっと飲み物を持ってきます。ちょうどいいですから、あなたを含めて次の配信について話をしましょう」
「いいですね。同期や後輩たちとの配信も楽しいですから」
にこやかな笑顔を見せる華樹ミミを見て、森は思わず笑みがこぼれてしまう。
「本当にあなたは相手を選びませんよね。それがあなたの一番の強みだとも思いますけれど」
「そう言って頂けると嬉しいですね。これからもVブロードキャスト社のアバター配信者たちを引っ張っていけるように頑張ります」
終始和やかな雰囲気で、華樹ミミと森との間で打ち合わせが進んでいく。
その打ち合わせは華樹ミミだけではなく、他の森の担当するアバター配信者にも波及していっていた。
「ずいぶんと話し込んでしまいましたね」
「ええ、そうですね。今日の私は予定がなかったので問題はありませんけど。ごめんなさい、仕事中に手間を取らせてしまって」
「いえ。次回配信の打ち合わせができたのなら、十分業務とみなされるから問題ありませんよ。本当にあなたと一緒だと、話が弾んでしまっていけませんね」
「ええ、まったく」
華樹ミミと森は、楽しそうに笑っていた。
打ち合わせを終えた森は、華樹ミミから持ち込まれた提案を持って業務フロアに戻っていく。
企画を持ち込めてひと安心した華樹ミミは、自宅へと戻っていったのだった。