第149話 反省の真家レニ
「というわけで、レニちゃんの登場だぞ!」
なにが「というわけで」なのだろうか。
ゴールデンウィークも最終日で、真家レニの久しぶりの配信である。
『こんばんれに~』
『こんばんれにー』
真家レニのハイテンションに押されながらも、リスナーたちはいつもの挨拶を返す。
「いやぁ、ごめんね。リアルで旅行に出かけていたので、配信お休みしてました。家族そろっての旅行なんて久しぶりなのだよ、にししし」
『ハイテンションすぎてこっちまで楽しくなってくる』
『レニちゃんの家族か~、どんな人たちだろ』
「にししし、仕事熱心な人たち、とだけ言っておくのだ」
『おk、詮索よくない』
リスナーたちはとても分別があるようだ。
「いやぁ、リアルの家族はみんな忙しいから、顔を合わせる時がなくてね。今日もお見送りをしてきたところなのだよ」
『まじかー、単身赴任じゃん』
「そそっ、バリバリの仕事人間。落ち着きがないのだよね」
真家レニはいつも通りに明るく振る舞っている。
―――
同日、お昼。
旅行を終えた小麦たちは、国際空港にやって来ていた。
今日はグラッサが海外に戻る日なのだ。
「それじゃ、ダーリン、小麦。私は仕事に戻りますね」
「うん、ママ。行ってらっしゃい」
「グラッサ、体には気を付けるんだぞ」
「ええ、分かっています。退治屋は体が資本、そんなミスをするわけがないじゃないですか」
見送りに来た家族に向けて、笑顔で答えている。
「これでまた数年間は戻ってこれないですね。その時には小麦はどんな仕事に就いているのか、楽しみで仕方ないですよ」
「えへへへ。ママみたいに海外でも頑張れる仕事がしたいかな」
グラッサの言葉を受けて、小麦はにこっと笑いながら告げている。
その答えを聞いて、グラッサは少し驚いた顔をしながらも、すぐに笑みを浮かべて小麦の頭に手を添えている。
「まったく、私たちの真似をするのもいいですけれど、あなたのしたいことをするべきだと思いますよ。ねえ、ダーリン」
「あ、……ああ、そうだな」
急に話を振られて、父親は驚いている。
空港内に飛行機の案内が流れる。
「あら、いけないですね。私の乗る飛行機の搭乗時間が近付いてきてしまったようです」
グラッサは窓の外の方へと視線を向けている。
「時折連絡をくれよな、グラッサ」
「ええ、ダーリンもね」
言葉をかけあうと、体を近付けて別れの挨拶をしている。
もちろん、小麦も同様の挨拶をする。
「またね、ママ」
「ええ、小麦も夢に向かって頑張りなさいね」
こう告げると、グラッサは搭乗口に向かって姿を消したのだった。
その後、小麦はしばらく父親に寄り添いながら静かに泣いていた。
―――
『おーい、レニちゃん』
『おや、レニちゃんが静かになったぞ』
「はっ!」
『おっ、声が聞こえた』
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと思い出しちゃって、うん、涙が……」
『れ、レニちゃん?!』
急に泣くような声が聞こえてきて、リスナーたちも大慌てである。
『無理せず配信しなくてもよかったのに』
『そんなに悲しかったんや』
『泣くな、レニちゃん』
リスナーたちからは気遣うコメントがたくさん飛んできている。
「ひぐっひぐっ、ごめんなさい。元気な姿を見せるつもりだったのに、気持ちが抑えきれないよぉ……」
画面の向こうから、真家レニの涙声が聞こえてくる。これにはさすがに鍛えられてきたリスナーたちも困惑を隠しきれなかった。
「ごめんなさい。元気な姿を見せるつもりだったのに、私ってば……、ひぐっ」
気持ちが抑えきれなくなってしまい、いつものレニちゃんの演技にまで支障が出てきている。
どうにかして落ち着かせようとするリスナーだったが、コメントではスパチャにしてもうまく伝わらなかった。
むしろ流れ過ぎてしまって、逆に伝わらないというものである。
「ごめんなさい。今日のところはこれで配信を終わりにしますね。今後は以前のペースで配信をしていきます。変更する時には事前に告知を入れますので、これからも『れにちゃんねる』をよろしくお願いします」
どうにかして挨拶をしているものの、すっかりレニちゃんの雰囲気が出せていない。
このままではとても配信ができないと判断したので、真家レニは配信を終わることを決定したのだ。
『ええんやで』
『レニちゃんが泣くなんて、きっといいご家族なんだな』
『ああ、心が洗われる・・・』
リスナーたちは怒ることもなく、真家レニを慰めたり、同情したり、感動したりしていた。
そのリスナーたちのコメントを見ていると、真家レニはまったく涙が止まらなくなっていたのだった。
どうにか配信終了のボタンをクリックして配信を終えた真家レニこと小麦。
椅子にもたれ掛かって天井を見上げている。
「心配、かけちゃったなぁ……」
今日の配信内容に、小麦は反省しかなかった。
なにぶんリスナーたちが優しすぎて、ついつい甘えてしまいそうになってしまっていたし、いろいろと相談しそうにもなっていた。
そこをぐっとこらえて、どうにか配信を終えることができた。あの感情に流されていたら、いろいろとリアルのことを喋っていただろうと、小麦は少し怖くなっていた。
「ふぅ、やっぱり精神の不安定な時は配信しちゃダメだね。レニちゃん、反省だよ……」
今日の配信はアーカイブ化しないことにした小麦は、明日からの学校に備えてもう眠ることにしたのだった。