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VAMPIRE STREAMING  作者: 未羊
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第148話 芝山家のゴールデンウィーク

 配信を休むと言っていた真家レニだが、その中の人である小麦は、両親と旅行に出かけていた。

 このゴールデンウィークが終わると母親であるグラッサはヨーロッパに帰ってしまう。その前にもう少し交流しておこうとして計画していたそうだ。

 家にいないのだから、配信ができるわけがないのである。なにせ真家レニのデータは家のパソコンの中にしか入っていないのだから。


「ダーリンが運転できるから助かるわね。私の免許では日本では運転できませんからね」


「君らしくもないな、国際免許を取得していないとは」


「日本に長く戻っていないから、仕事に打ち込み過ぎたせいで失念していましたよ」


 グラッサは自らの失態を認めているようだ。

 どこに出かけるのがいいのかは以前から相談していたのだが、最近まで意見が真っ二つに割れてしまっていた。小麦が最終的に口を挟んだことでようやく決着したのである。

 夏のような陽気にさらされているということもあってか、少しでも涼しいところをということで、山の中を選択したようだ。

 住んでいる場所からそう遠くない、山間部の街をあちこちと見て回るという旅行である。

 父親はリモートワークで家にずっといるけれど、仕事が絶え間なく入ってくるのでなかなか出かけられない。

 母親は海外赴任しているし、退治屋という職も兼業しているので、こちらもなかなか難しい。

 こうやって両親が揃って一緒に旅行に出かけるというのは、実に貴重なことなのだ。


「パパやママと一緒に旅行なんて、次できるのはいつなのか分からないから、たーっぷり甘えさせてもらうね」


「ええ、好きなだけ甘えなさい、ドーター。あなたも大学受験で忙しくなるんですから、それまでにゆっくりできるのはおそらく今回が最後よ」


「うん!」


 小麦は元気よく返事をしていた。

 その様子を声だけ聞いていた父親も、嬉しそうに笑っていた。


 この旅行の間、山の中の豊かな自然に触れたり、牧場によって牛や馬に戯れたりと、小麦たちは普段できないようなことをたくさん経験していった。

 退治屋の仕事柄いろんなところに顔を出すグラッサも、こうやってゆっくり触れ合うのは久しぶりらしく、すごく穏やかな表情をしていた。


「君のそういう顔は本当に久しぶりに見たね」


「あら、ダーリン。まるで私が難しい顔ばかりしているようじゃないの」


「あははは、ママは本当に表情が硬いからしょうがないよ」


「ドーター?」


 あまりに珍しいにこやかな顔に、小麦にまでこう言われる始末である。

 実際、グラッサはそこまで緩んだ顔をしたことはあまりなかった。

 今回の長期休暇でも、近くにルナ・フォルモントがいるとあって、ずっと警戒した顔をしていたのだ。当のグラッサ自身はあまり意識していなかったようだが、それはかなり眉間にしわを寄せていたらしい。

 その様子は、グラッサとルナとの間にある浅からぬ因縁を象徴したかのような表情だった。


「Oh……、それは失礼しましたね」


「まぁそれだけママが仕事熱心だってことだ。私たちもそんなに気にはしていないさ」


 父親は笑い飛ばしていた。


 やがて夜となり、小麦たちはとある旅館に泊まる。


「ドーター、温泉があるようよ。一緒に入らないかしら」


「温泉、いいね。ママと一緒だなんて久しぶり、入る入る」


 グラッサが誘うと、小麦は嬉しそうに飛び跳ねていた。


「こらこら、階下のお客の迷惑になるよ、静かにしなさい」


 あまりにも元気がよかったので、父親に叱られてしまった。


「あ、ごめんなさい」


 反省の弁を言いながらも舌を出しているあたり、本気で反省はしていないようだ。

 ひとまず部屋に荷物を置くと、父親はしばらく部屋でのんびりしているからと、二人を先に温泉へと向かわせた。


 温泉は時間が早かったのか、他に入浴中の客がいなかったようだ。この稼ぎ時だというのに予想外である。

 二人は体を洗ってから湯船につかる。


「ドーター」


「なに、ママ」


 肩までつかって落ち着いたところで、グラッサが小麦に話し掛ける。


「無理にママの仕事をしようと思わないでね。ドーターは自分の思う通りに生きていいのですからね」


「うん、分かってるよ、ママ。でも、いざという時にはそういうのから身を守れるだけの力は欲しいかなって思うの」


「それはそうね。でも、あなたはどちらかといえばダーリンの方に近いわ。もしかしたら、ろくに力は使えないかもしれないわ。帰りにでも調べてもらおうかしらね」


「えっ、できるの?!」


 驚いた小麦の問い掛けにグラッサはこくりと頷く。


「ただし、他人には内緒よ。ダーリンだってその場所は知らないんだからね」


「う、うん、分かった」


 唇に人差し指を当てて、秘密よというグラッサの姿に、小麦はこくこくと何度も頷いていた。


「それにしても、ひと月経つのは早いわね。あまりドーターとの交流もできなかったわ。最後にこうやって旅行ができただけでもよかったかしら」


「ううん、私はママが家にいてくれただけでも嬉しいよ。遠く離れてたって、親子は親子だと思うもん」


「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないのよ、ドーター。ううん、小麦」


「……ママ!」


 名前で呼ばれたことに感極まって、小麦はグラッサに抱きついている。

 グラッサは突然の抱擁に驚きながら、小麦のことを無言で抱き返したのだった。

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