第145話 銀の弾丸と優しいリスナー
お風呂に夕食を終えて、本日の配信を始める準備をする。
今日の配信予定は、「SILVER BULLET SOLDIER」のストーリーモードの配信可能な最後となる第五章だ。
何も今まで遊んでいなかったわけではないけれど、ストーリーを進めるのをすっかり忘れていたのだ。
「みなさん、おはようですわ。光月ルナでございます」
『おはよるな~』
『おはよるなー』
満が挨拶をすれば、いつもの挨拶がリスナーたちから返ってくる。
光月ルナのリスナーたちの結束力は強く、「僕」以外の一人称はあっさりと封印された過去もあるのだ。
「さて、本日の配信は『SILVER BULLET SOLDIER』の配信可能である最後の第五章を進めてまいりますわよ」
『ルナち、まだ五章終わらせてなかったんや』
『四章を遊ぶ配信はしとったのに、これは意外』
リスナーたちもストーリーがまったく進んでいなかったことに驚きを隠せないようだった。
「忙しかったというわけではないのですが、タイムアタックなどに手を出し過ぎてしまいましたわね」
『ああ、慣れてきた頃の腕試しか』
『分かるなあ』
リスナーたちからは理解を示すコメントがどんどんと出てくる。
プレイに慣れてきた頃に本編から脱線してサイドクエストをやり込むのは、そこそこある話のようなのだ。
この「SILVER BULLET SOLDIER」(通称:シルバレ)は、退魔師である主人公が銀の弾丸を武器に吸血鬼や狼男やゾンビといったクリーチャーたちを撃ち倒していくゲームだ。
第五章ともなってくると、いよいよ物語の核心へと突入し始めるために、第六章以降の実況や配信を認めていないのである。
「では、第一話から始めて参りますわよ」
『ネタバレ自重な』
『せやな、ワイらはルナちのプレイ実況を見守るのだ』
『民度たけえな、おい』
リスナーたちが喋っている間にも、満はストーリーを進め始める。
小さな集落から始まった事件も段々と規模が大きくなっていく。
「ふむふむ、なにやら怪しい人物が出てきてるみたいですね」
『出てくるキャラは片っ端から怪しいんだがな』
『あれ、このゲームってこんな可愛いキャラおったんか』
『ストーリーはちゃんと読めwww』
リアルなクリーチャーたちが印象深すぎて、リスナーの中にはまともな人間キャラの印象がまったくない人もいるようだった。
そういうリスナーたちのコメントを眺めながら、満はついつい笑ってしまう。
実況している間の満は、お嬢様設定にもかかわらず、時折素の口調が出てきてしまっている。
だが、リスナーたちも空気を読んでいるのかあえてそれは指摘していない。空気が読める子なのだ。
「ふふっ、リスナーのみなさまも面白いですわね」
『ルナちに笑われた』
『ご褒美やぞ』
そうこう言っている間に、ストーリーが終わって討伐フェーズに移行する。
周囲から襲い掛かるクリーチャーたちを的確に撃ち抜いていく。
『ルナち、腕前上げたな』
『普通こんだけリアルなクリーチャーが襲い掛かってくると悲鳴のひとつもあるんやけど、近所迷惑を考えてかまったく叫ばんのよな、ルナちって』
『確かに聞いたことないな』
リスナーたちは話をしている。
確かに、満はまったく悲鳴を発したことがない。「うわっ」とか「おっと」とか実に悲鳴とは程遠い驚いた声くらいなのである。
光月ルナは個人勢なので、設備が大したことがないだろうことはみんな想像できるのである。
「うーん、さすがに相手の攻撃にからめ手が多くなりましたね。注意が逸れたところに襲い掛かってきますね」
単純に言えば、分かりやすいギミックを仕掛けたり、あからさまなところからクリーチャーを出現させたりして注意を逸らし、死角から襲い掛かってくるというものだ。
だが、その程度であるなら、ここまでシルバレに慣れたプレイヤーからすればなんてことのないものである。
「さて、第三話まで終わりましたね」
『はっや』
『会話スキップなしで30分だと・・・?』
『さすがレニちゃんに巻き込まれたルナちだ、肝っ玉が違う』
「あれ、もうそんなに経っちゃいましたか」
30分が経ったというコメントを見て、満がものすごく驚いている。
時計を確認する満だが、確かに30分経っていた。
「う~ん、今日のところはここら辺でやめておきましょうか。このままだといつもの配信時間を過ぎてしまいますわ」
『残念』
『ルナちの今の腕前なら、討伐フェーズはすぐ終わるやろけどな』
『ストーリーの会話が長いからしゃーない』
プレイ実況を打ち切ることを、リスナーの多くは受け入れているようだった。
この様子には満もほっとした様子である。
「そういえば、この『SILVER BULLET SOLDIER』なんですが」
『おう、なんだなんだ』
「明日のメンテの後からイベントを一週間開催するみたいですね」
『そういえば告知出てたな』
『どんなん?』
『公式サイト見てこい』
リスナーたちのやり取りに、つい笑ってしまう。
「さすがに上位に入れるとは思っておりませんが、僕もたしなみ程度に遊ぶ身。できることなら上位を狙ってみたいですわね」
『お、おう、頑張れ』
『ルナちの腕前はプレイ歴一年未満には見えんて』
『レニちゃんに巻き込まれてry』
好き勝手言いまくるリスナーたちだが、満は今日も楽しい気持ちで眺めている。
「それでは、本日はこれまでに致しましょう」
画面をゲーム画面から戻して、光月ルナの姿を映し出す。
『残念やけどしゃーないか』
『何度見てもルナちは可愛いのう』
「ふふっ、嬉しいですわね。それでは、よい黄金週をお過ごし下さいませ。ごきげんよう」
『おつるなー』
『おつるな~』
無事に今日の配信をやり終える。
相変わらず平和な配信で終われたことに、満は今日もほっこりした気持ちで終われそうだった。