第144話 黄金週はがんばる
お出かけを終えて、満は家に戻ってくる。
「ただいま、お父さん、お母さん」
「お帰り、満」
家に帰ると母親が顔を出してくる。その表情はとても満足そうに笑っている。
「なんだよ、お母さん。そんなににやついて」
「いやね、満がすっかり女の子しちゃってるのがなんとも嬉しくてね」
「あのねぇ……。僕は男の子だからね。変なことを言わないでほしいな」
母親の言い分に、満はぷんすかと怒っている。
とはいえ、満の服装は確かに少女らしいものだった。
風斗か嫌がるだろうからと多少の配慮はしていたものの、可愛らしさが前面に出た感じなのだ。
「これから暑くなるから、胸元の目立つ服を着る機会が増えちゃうよなぁ」
「あらあら、満ってばそういうことを気にしちゃうのね。うふふ、青春ってやつかしらね」
「お母さん!」
自分の服装を確認してぽつりと呟いた言葉が聞こえていたらしく、母親は満をからかっていた。
「僕は部屋に戻るね! お昼は食べてきたから、夕飯まで要らないから!」
満は怒ってバタバタと部屋へと戻っていった。
「母さん、あんまり満をからかうんじゃないぞ」
「うふふ、悪い癖が出ちゃったかしらね」
「まったく、娘ができて嬉しいのは分かるが、満は息子なんだ。もう少しそこを考えてやってくれ」
父親に苦言を呈されて、母親もさすがにちょっと反省したようだった。
「しょうがないわね。お詫びに夕飯は満の好きなものでも用意しておこうかしら」
「そうしてやってくれ。悩みの多い年頃なんだからさ」
なぜかにこやかさ全開の母親の姿に、父親はため息が出るばかりだった。
満は部屋に戻ってくる。
今日の満の姿はキャミソールにパンツインスカート、黒のオーバーニーソックスだった。上は胸元を見えないようにするためにカーディガンを羽織っていたが、急激に暑くなったせいか全体的に露出は多めだった。
「まったくお母さんってば……」
女の姿になっていると、自分の母親にからかわれることが増えた。それに伴って、満の悩みも増える一方である。
こういう時は気分転換に限る。
満はパソコンを立ち上げて、いつもの通りPASSTREAMERのサイトからチェックしていく。
今日も登録者数は微増。さすがに5万人を突破してからは増加は緩やかである。
同接3人からスタートしたのだから、一年未満でこの数値はかなり恵まれている方だろう。
「うん、新着のお知らせはなしっと。今日の配信のネタ、そういえば決めてないな」
カタカタといろいろ確認しながら、満は今日の配信のことが頭をよぎった。
「うん、困った時は『SILVER BULLET SOLDIER』の配信に限るよね。僕はまだ配信可能なところを抜けきってないし」
この「SILVER BULLET SOLDIER」は、真家レニに憧れて始めたホラーアクションゲームだ。
月額課金制ではあるものの、結構安い部類に入る。なにせひと月ワンコインだ。今の満の収益からすれば余裕で支払える金額である。
課金しているわけだし、吸血鬼アバターを操る自分が、弱点である銀製の弾丸でクリーチャーたちを倒していく様子は、これだけ経ってもまだウケがいいのだ。
そんなわけで、満はそちらのサイトの方のチェックを入れることにした。
「うん? 何か新着情報が来てる」
通称シルバレのサイトを見てみると、新着情報が目に飛び込んできた。
『銀の弾丸で、黄金週の頂に至れ』
どうやらこういうオンライン系のゲームに多い、長期休暇用のイベントのようだ。
内容を確認してみると、イベント用の特殊マップにてポイントを稼いでいくというタイプのイベントのようだ。
撃破数や討伐時間だけではランカーがかっさらってしまうので、それ以外の要素も加えたポイント制で行われるらしい。
「へえ、面白そう。共闘クエストでも稼げるのなら、僕みたいな素人でも上位にめり込めそうだね」
満はとても興味を覚えたようだ。
ただ、確認してみると次回メンテナンスから一週間の集中開催のようだ。
「次のメンテナンスって、明日か。五月入っちゃってるじゃん」
そう、明日は五月一日だ。
どう考えても急に思い出して差し込んだように思われるイベントである。本気でやるならもう一週間前から始めていたはずだからだ。
さすがは運営が海外の会社だけのことはある。日本の事情に疎かったようだ。
だが、急きょということもあってか、上位入賞の賞品はそれなりに豪華なようだった。
「アバターのカスタマイズくらいしか楽しむ要素はないけれど、やっぱり限定って言葉には弱いよね」
満は苦笑いをしていた。
そんなこんなですべてのチェックを終えた満は時計を確認する。
夕方の5時を回っていたので、今日の配信の予告ができる時間になっていた。
SNSに配信の予告をすると、お風呂に入って夕食を食べる。
その時の食事は満の鉱物が並んでいたこともあって、かなりご満悦のようだった。
「さあ、配信を頑張るぞ」
気合いを入れ直した満は、自室に戻って配信の準備を始める。
久々のゲーム配信、その気合いは十分だった。