第143話 月と風と太陽
満はというと、最初の休日に風斗と一緒に出掛けていた。
「ゴールデンウィークの初日からそれなのか……」
「うん、ごめんね、風斗。さすがに僕にはこれのコントロールはできないからね」
風斗の反応を見れば分かると思うが、満は今日も少女である。
最近では四日に一回くらいの率で女性化している。そのためか風斗もずいぶんと慣れてきたようだ。
とはいえ、満の体は成長期にあるらしくて男女どちらの姿でも体は大きくなってきている。
男の状態では、身長がここ一年で6cm伸びていた。
女の状態でも、身長は4cm伸びているし、体形も少しふっくらしたようだ。
「お前って自分の体の変化に戸惑わないか? 最初の頃はほとんど変わりなかったみたいだけどさ」
「う~ん、あまり意識してないかな。身長は一緒だから、ここら辺の違いくらいだよ」
満は顔を下に向けている。
当然そこにあるのは胸部だ。
ルナ・フォルモントからすれば成長はあり得ないというらしいが、実際に満は成長している。
満の母親は喜んでいるようだが、満もルナも困惑しているのが現状なのである。
「はあ、僕って本当にどうなっちゃうんだろ。頻度が高くなってきたから、このまま女性化しちゃうんじゃないかって心配になってくるよ」
最近の女性化の頻度を考えると、満は不安でたまらなくなってくる。
「アバ信としちゃ心配がなくなるだろうが、リアル側だと大問題だよな、間違いなく」
「うん。とはいっても、何も対処法が分からないから、ルナさんの封印を解くべく、このままアバ信を続けるしかないと思うんだ」
ルナ自身はインターネットの空間に封じられている。本人の話では、満との同調率を上げれば封印は解けると見ているようだ。
だが、その確証はまったくない。満としてはただその言葉を信じるしかないのだ。
「そうかもな。頑張ってくれ」
「もう、風斗ってば他人事だと思って!」
「しょうがねえだろ。俺はお前じゃないし、何かできるってわけじゃないんだからな」
往来のど真ん中で口論を始める。
まったく、周りから見ればカップルの痴話げんかのようである。
「ふふっ、休みの朝から元気がいいものね、お二人さん」
「こ、小麦さん!?」
急に声を掛けられたことで、満たちは一気に我に返る。
そこに立っていたのは、時々街で顔を合わせる高校生の小麦だった。
「ハーイ、話をするのはいいけれど、周りに丸聞こえだから気を付けなさいね」
小麦に言われて周りを見回す二人。一部の通行人はそそくさと足早に去っていく。
その姿を確認して、満も風斗も顔を真っ赤にして背け合っていた。
「ふふふっ、ちょっとお姉さんに付き合いなさいな。せっかく会ったんだし。にししし」
小さく首を傾げて笑う小麦に、満たちはやむなく付き合うことにした。
これ以上街中で騒がしくするわけにはいかないと考えたからだった。
小麦に誘われてやって来たのはカラオケボックスだった。
周りがうるさい上に個室であるので、多少騒いだところで問題はない場所。何かと話をするにはいい場所だった。
「えっと、満くんかな、ルナちゃんかな。まぁどっちでもいいや。ずいぶんと可愛らしくなったね」
「ふぇっ?!」
満は両方の名前で呼ばれて戸惑っている。
「知ってるのか?」
「にししし、私は全部知ってるよ。なんなら、その姿の本来の持ち主とも話をしたことがあるのだ。まあ、誰にも言わないから安心してよ」
にっこりと笑う小麦。
本来なら怪しさ満点なのだろうが、満は小麦の言うことをとても信じられる気がした。
「分かりました、信じます」
「にしし、それはよかった」
小麦はそういうと、早速端末を操作して何か注文を出していた。
「ひとまず飲み物を取って来よ。ここはドリンクバーが利用料金に含まれているからね」
「分かりました。行こう、風斗」
「あ、ああ」
満に誘われて、風斗は一緒に部屋を出てドリンクバーへと向かっていった。
「ふみふみ、あれがルナ・フォルモントと化した満くんかぁ。成長してるなぁ」
一人部屋に残っている小麦は、満のことを考えているようだった。
「服のセンスが男の子とは思えないなぁ。あの分なら満くんのママかな、服を用意しているのは」
自分の歌う曲を選びながら、小麦は満のことを考えているようである。
「ぜひとも、その男女両方の感覚を活かして、アバ信を続けてもらいたいものだね、ルナち」
そういうと同時に、小麦は歌う曲を決定していた。あとは二人が戻ってくると同時に、曲予約を終わらせるだけである。
どうやら小麦はいろいろな情報から、『満=光月ルナ』という状況を特定してしまっているようだ。
どこかギャル風に振る舞ってはいるものの、両親からしっかりとその能力を受け継いでいる小麦なのである。
しばらくすると、ドリンクバーから戻ってきた満たちが部屋に戻ってくる。
「よーし、今日は小麦ちゃんリサイタルを開催しちゃうぞ」
「いや……、カラオケに来てマイクの独り占めはやめてくれ」
ノリノリの小麦に、風斗が冷静に突っ込んでいた。
「はははっ、面白いことを言うね、少年。実にその通りだよ」
風斗にマイクを向けながら、ウィンクをする小麦。
結局3時間フリータイムの間、三人で歌いまくっていた。
「さて、もう時間だね」
小麦は満に近付いていく。
「うん、何か困ったことがあったらお姉さんが相談に乗ってあげる。これ、私の連絡先。君のも教えてもらえるかな?」
「あ、ありがとうございます」
カラオケを去る際に、満と風斗は小麦と連絡先を交換していた。これによって、偶発的に会う関係から進展したことになる。
「それじゃ、私は夕方までバイトだからまた今度ね」
「はい、今日はありがとうございました」
こうして、微妙な空気になりかけた二人を救った陽気な嵐が去っていったのだった。