第136話 小さな違和感
「みなさな、おはようですわ。光月ルナでございます」
『おはよるな~』
『おはよるなー』
その日の夜、満は普段通りに光月ルナとしての配信を始めていた。
完全に習慣化しているので、まるで呼吸をするかのように配信をしている。
「本日は起きましたら、屋敷の中が騒がしくて驚きましたわ」
『おや、ルナちの屋敷って使用人いたっけか?』
『配信中は映らないだけで普通におるやろ』
『屋敷がでかいからな』
ひとつ話題を振れば、それだけでリスナーたちのコメントがたくさん流れていく。
光月ルナも人気アバター配信者になったというものだ。
「こっそりお聞きしましたら、なんでもアバター配信者界隈に大きな衝撃が走ったようですわね」
『ルナちもあの話題に食いついたか』
『そりゃ激震やろ』
『ブイキャス、なんだかんだで今は注目されとるからな』
満が話題に出すまでもなく、リスナーたちは勝手に特定してしまったようだ。まあ、間違いはないだろう。
「そうですわね。Vブロードキャスト社のお話、伺いましたわ。サイトもチェックさせて頂きましたが、もう五期生の募集だそうですね」
『ワイらも驚いた』
『衝撃すぎて禿げた』
『髪の話をするなwww』
なんで髪の話が出てくるのか。満は理解できずに首を傾げる。当然ながら、アバターである光月ルナもこてんと首を傾けていた。
『あかん、ルナちが引いとる』
『わ、ワイが悪かった・・・ ¥1,000』
『詫びスパチャwww』
満がひと言も喋らなくても、この通り盛り上がるリスナーたちである。
髪の話が一度落ち着いたところで、満は話を再開する。
「今回の募集を見て驚いたのは、Vブロードキャスト社の本社からの配信にこだわらないというところでしたね」
『そうそう、ワイも驚いた』
『多分、今までの引退率に歯止めをかけたいんやろな』
『でも、それを考えると今までのアバ信たちが可哀想よな』
『わかるマン』
リスナーたちの話を満も理解できている。
特に直近デビューの四期生たちのことを考えると、これはあまりにも急激な方針転換なのだ。
四期生までは本社配信を義務付けておきながら、五期生からはそれを撤廃するのだ。普通に見ると少々不義理なところがあるかもしれない。
でも、これまでの所属アバター配信者の状況を見るに、まだ立ち上げて数年だというのに離脱率三割はかなり高いものだ。Vブロードキャスト社としては、そこに危機感があるのかもしれない。
「でも、その代わり制約が増えたようには思えますね」
『まあ、そりゃなあ』
『本社での監視ができない以上、やらかす率が高くなるもんな』
『特に生活音の排除は難しいだろうて、特に緊急車両』
『他の箱の状況を見ればな・・・』
『ブイキャス以外の箱で起きてる問題に、どう対処するか、ブイキャスの腕の見せどころやな』
リスナーたちの意見はなかなかに厳しいようである。
「ふふっ、ライバルが増えるのは楽しみなことですわね」
『おっ、ルナちの暗黒微笑み』
『声の調子が実に楽しそうだ』
「当然ですわ。僕は吸血鬼の真祖、どんな相手でも負けるつもりはありませんわ」
『おおーっ!』
『やばい、ルナちの声で興奮してきた』
リスナーたちのコメントに、満はふと我に返る。
今自分で何を口走ってしまったのか。
(やばい、もしかして今、ちょっと吸血鬼に乗っ取られかけてた?)
冷静に思い返してみる満である。
とはいえ、今のルナ・フォルモントでは思いそうにもないセリフだった。
吸血鬼というイメージと今の役作りの相乗効果で、思わず発してしまったようなのだ。
「おほん。僕としたことが、ちょっと冷静さを欠いてしまったようですわね。ですが、後輩たちにはそう簡単に追い抜かれるつもりがないのは本心ですわ」
冷静さを取り戻した満は、どうにか取り繕っておく。
『ルナちかわいい』
『やっぱり、ルナちは推せるわ』
リスナーたちの反応は、いつも通り優しかった。
そんなこんなで、Vブロードキャスト社の専属アバター配信者第五期生の募集の話で、あっという間に1時間が過ぎ去っていった。
「では、もうお時間もよろしいようですので、本日はこれで終わりに致しましょう」
時計を確認した満は、今日の配信を終えることにする。
「それではみなさま、本日はこれにて、ごきげんよう」
『おつるなー』
『おつるな~』
『個人勢からの話を聞けて有意義だった』
配信終了のボタンを押して、この日の配信を終わらせる。
無事にやり切った満は、椅子に座って大きく息を吐いていた。
「ふぅ、何だったんだろう。一瞬自分じゃないような口ぶりになったっちゃったな」
そのまま額に腕を乗せて天井を見上げている。
「もしかして、僕自身が吸血鬼という種族に引っ張られてるのかな」
呟きながら、改めて自分の姿を見る。
今の満は、ルナ・フォルモントの影響で変身した女性の姿だ。
さすがに半年も経つと、女の自分にもまったく違和感がなくなってきている。
「さすがに、少し気をつけないとね。役作りとはいえ、心にもないことは言いたくないからね」
一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
気合いを入れ直した満は、早速今日の配信のアーカイブを作り始める。
中学二年生の生活が始まったその日、満たちにとってもなにかと波乱な一日となったのだった。