第133話 ブイキャスの緊急招集
「た、ただいま~」
始業式を終えて帰宅する香織。玄関には見慣れない靴が置かれていた。
ただ、その靴は女性用だったし、学校であった連絡から香織はすぐにピンと来ていたようだ。
「も、森さん、いらしてたんですね」
「お帰りなさい、花宮さん。朝はごめんなさいね、急な連絡を入れてしまって」
そう、家の中にいたのは黄花マイカの担当をしている森だった。
森が来ているということは、あの連絡は本当のようだった。ちょっと遅れたエイプリルフールというわけではなかったのだ。
「花宮さん、すぐに出る準備はできますかしら」
「わ、分かりました。すぐに着替えてきます」
バタバタと自分の部屋へと階段を駆け上がっていく。
しばらくすると、パンツスタイルに着替えた香織が戻ってくる。
アバター配信者の場合、モーションキャプチャを使って激しく動くこともある。なにぶんVブロードキャストのように大人数で集まる場合、念のためにパンツスタイルが推奨されているのである。
森は香織の母親に挨拶をすると、香織を連れて外へと出ていった。
「まったく、アバター配信者って大変ね」
二人を見送った母親はぽつりと呟いていた。
―――
「おはようございます!」
ちゃんと入場許可証も忘れずに持ってきた香織が、スタジオへと飛び込んできた。
「おはよう、マイカちゃん」
「おはようだよ、マイカ」
「よう、マイカも呼ばれていたか」
「四期生が揃うのは、お披露目の時以来かしらね」
華樹ミミはもちろんだが、ぴょこら、勝刀、ふぃりあも揃っていた。確かに四期生の四人が揃うのはお披露目配信以来だ。
ところが、ここでマイカが気になっていることがある。
それは、勝刀とふぃりあのことだ。社会人であるのなら、今頃フリーであるわけがない。
「ふふっ、これでも私は学生ですよ。まだ春休みです」
「俺は遅番の谷間だ。仮眠を取ってから来たぜ」
「ああ、そうなんですね」
香織の視線に気が付いた二人が説明をしてくる。
聞いたわけでもないのにあっさり答えが返ってきてびっくりする香織なのである。
「それにしても、送られてきた内容は本当なのですかね」
「ええ、その通りよ。特に集まって欲しかった四期生が全員揃ってくれたのは嬉しかったわね」
森はものすごくほっとした様子で話している。
「すまないな、俺たちも今朝出社した時点で聞かされたんだ。まったく、社長ときたら時々無茶振りしてくれるから困るぜ」
橘も文句が絶えないようだ。
「橘さん、文句はほどほどにして下さい。社長に聞かれたらどうするんですか。近くにいらっしゃるんですよ?」
「あ、それは……うん」
犬塚に文句を言われて、橘はしどろもどろになる。
「社長さんっていらしてるんですか?」
「ええ、いらっしゃってますよ。なにせ、うちの一番人気である華樹ミミのモデラーは、我が社の社長なのですからね」
「ええーっ!!」
森から告げられて、マイカたちはものすごく驚いていた。
森自身も入社して翌年に初めて知った事実なのだ。
なんでも、自分が手掛けるアバターを使った事業がやりたくて、この会社を立ち上げたらしいのだ。資金力と行動力とやる気があるからできたことである。
そんな社長だからこそ、アバターを動かせる人材は欲しいらしい。
満に対して打診をしようとしたのも、そこが原因だった。あの変態技術を取り入れられれば、飛躍的に配信が華やかになると踏んだのである。
結果は満にしっかり断られたわけだったが、どうも社長は諦めていないとかなんとか。
ひとまずそれは置いておいて、マイカたちは配信を前に打ち合わせをしている。
テーブルの上には飲み物とお菓子が並べられており、口に含みながら代表して橘が今日の配信内容の予定を読み上げている。
「ふむ、四期生を特に集めたのは、そういう理由からか」
「ですが、私たちはまだデビューしたばかり。ちょっと気が早いとは思いますね」
「俺もそう思うぜ。俺らは生活のリズム上、なかなか都合がつけられないからな。不規則過ぎんだよ、今の職柄」
勝刀とふぃりあからは少々ばかり不満の声が出ている。
その声には、橘も森も犬塚も頷いている。
今回の四期生はお披露目が二月の頭だった。まだ活動を始めて二か月という状況だというのに、今回の企画である。それは文句も出るというものだった。
「これって、私たちのせいかもね。ね、マイカ」
「えっ、私たちが原因?」
「そうよ。ミミ先輩たちの力添えもあるだろうけど、私たち二人で行う配信は思ったよりも数が取れているわ。スパチャ解禁からのスパチャもそこそこ数値が出ている。だから、社長は攻め時だと判断したのかもね」
「そ、そういうわけなのね」
よく分からないマイカは、ひとまずぴょこらの言い分に同意していた。
「私の時でもそんなことはなかったんですけどね。だから、今回はやたらと攻めている気がします。多分、光月ルナのモデリング担当を釣るつもりですね」
「光月ルナ、のですか?」
「ええ、あのモデリング技術は素人からみてもおかしな領域ですからね。あの技術があれば、もっと配信が面白くなるんじゃないか、社長はそう見ているのですよ」
華樹ミミの憶測に、マイカたちは驚いている。
「まっ、それが目的なら怒りたいところだが、やっと手に入れたアバター配信者の座だから、仕事はやってやんよ」
「ええ、正直それが理由ならボイコットしたいですよ。でも、これで収入が増えるのならと思うと悩ましいところです」
なんとも現実を見ている悩ましげな二人だった。
だが、着実に配信予定の時間が近付いている。
さすがに急だったこともあってか全員とまではいかなかったが、一期生から三期生も数人ずつが合流し、配信時間を迎えたのだった。