第128話 春のお出かけ幼馴染み
四月になる。
最初の日曜日のこと、満は風斗と香織を誘って外出することにした。
ただし、満は何を思ったか、誰を誘ったかは言わずに二人を誘っていた。
その罰のせいか、満はまた少女の姿となっていた。
「うん、もういい加減慣れたよ……」
ため息をつきながら、服を着替えて出かける満。送り出す母親は嬉しそうに笑っていた。
待ち合わせにしたのは、自分の家。玄関から外に出ると、ちょうど風斗と香織が鉢合わせをしていた。
「おい、満。なんで花宮がいるんだよ」
「それはこっちのセリフよ。空月くんは同行者のことは話してなかったわよ」
なにやら険悪なムードになっている。
「やあ、二人ともおはよう。ごめんね、久しぶりに三人で出かけたかったから、わざと何も言わなかったんだ。特に風斗、君は花宮さんのことを避けてるみたいだしね」
「ぐっ……」
満に指摘されて、風斗はぐうの音も出ないようだった。
「それはそれとして、空月くん。なんで女の子に?」
「僕が知りたいよ、それは。でも、今日ばかりは二人をだまそうとした罰かもね。まぁいいよ、僕ももうだいぶ慣れちゃったからさ……」
香織の質問に、満は大きなため息をつきながら答えていた。
確かに、満の服装を見ていれば慣れているのはよく分かる。どんどんとおしゃれになってきている。
母親にいろいろと準備されているのもあるだろうが、それを平然と着こなしてしまうのだから、満は相当女性の状態にも馴染んでいるようだった。
おかげで困るのが風斗である。
まだ満とと二人だけなら話ができるのだが、香織が混ざると話がしづらくなるらしい。
風斗としては、満と香織が仲良くするのは本意なのは間違いない。ただ、女性同士の会話になってしまうのは何か違う気がしているのだ。
実に悩ましいお年頃というものだ。
ついでにいえば、風斗は満と香織がそれぞれアバター配信者をしていることも知っている。その一方で、満と香織はお互いにそれを知らない。
そのことも、風斗が二人を同時に相手をすることを避ける理由のひとつなのだった。
(はあ、この二人を同時に相手するのはめんどくせえ……)
「どうしたんだよ、風斗。そんな大きなため息をついて」
「なんでもねえよ」
話し掛けてきた満に対して、風斗はついそっけない態度を取ってしまうのだった。
自転車に乗って移動してきた満たちは、いつもの使っている書店へとやって来た。
今日は月初の日曜日である。つまり、あの本を買いに来たのだ。
「毎度ありがとうございました~」
あっという間に買い物を済ませて書店を出てくる満たち。
「空月くん、その本買ってるんだね」
「うん、『月刊アバター配信者』は定期購読しているよ。わざわざお店に取り置きしてもらってるんだ」
にこにこと笑う満の姿は、どこからみても可憐に笑う美少女である。幼馴染みでそれなりに付き合いのある香織ですら、その姿に見とれてしまう。
「空月くんって、本当にアバター配信者が好きなのね」
「うん、大好きだよ。一番はやっぱりレニちゃんだよ」
本を抱えてはにかむように笑う満。その姿に思わず顔を真っ赤にしてしまう香織である。なんという破壊力。
目の前の光景を、風斗は呆れたように眺めるしかなかったのだった。
本を購入すれば、本を読むために場所を移動することになる。
となると、満たちがやって来たのは、いつものファーストフード店だった。
注文を済ませて、ファーストフード店の二階のテーブル席に移動する。
まずは注文したハンバーガーをぺろりと平らげ、落ち着いたところでさっき買った本を見始める。
「今月のアバ信は、箱ごとのアバ信の評価が載ってるね」
「ふ~ん。ってことはブイキャスのアバ信のことも載ってるってわけか」
満が出した話題に、風斗が口を挟んでいた。
「だね。今年に入って新人をデビューさせた唯一の箱だもん。載ってないわけがないよ」
満はぺらぺらと該当のページを開く。
そこには、見開きでどーんと特集ページが組まれていた。
「うへぇ、現状のアクティブアバ信全員の集合写真かよ。コメントは次の2ページあるのか」
「箱一か所につき4ページって、ずいぶんと紙面を割いてるよね」
「そうだな。そのくらいに注目度があるってこったろ」
本を見ながら、満と風斗はワイワイと騒いでいる。
「どうしたの、花宮さん」
「えっ、空月くん、何かな?」
目の前でぼーっとする香織。その姿に気が付いた満が声を掛けると、香織は驚いていた。
その不思議な行動に首をこてんと倒す。
「ど、どんなことが書いてあるのかな。私にも見せてよ」
満に怪しまれていることに焦った香織は、慌てて話題へと突っ込んでいく。
結局、三人で揃って『月刊アバター配信者』に食い入るように見ることになってしまった。
Vブロードキャスト社のアバター配信者の特集ページでは、香織が嬉しそうな顔をして記事を読んでいたのだが、満はそれに気が付くことなく同じように記事に見入っていた。
風斗はその様子を見て、ひとりで肝を冷やしている。
(大丈夫かよ。そんな調子だと、ブイキャスのアバ信だと気づかれるぞ……)
ところが、風斗の心配もどこ吹く風。
結局満はその様子に気が付くことはなかった。
「それじゃ、お花見でもいこっか」
「いいね、賛成!」
「お、おう」
のんきにお花見を提案する満に、風斗はただ戸惑うばかりだった。
どうなるか心配だった幼馴染み三人のお出かけだったが、満が鈍すぎたせいで何の問題もなく終えることができたのだった。