第125話 相変わらずで言葉が出ない
その日の昼、満の元に一件のメールが届く。
誰からだろうと気になった満は、差出人を確認する。
名前は『ウォリーン』、風斗のいとこである世貴のハンドルネームだった。
(世貴兄さんから? 一体なんだろうか)
気になった満はメールを開封して、内容を確認する。
『やあ、満くん。今日も暖かいね
今日はこんな日にふさわしいものを送らせてもらった
早速、光月ルナの屋敷に使ってみてくれ
P.S.明日の配信で早速見せておくれよ』
なんとまあ、また新しい何かを作って、データを送ってきたらしい。
文面から容易に察せられるものの、満はとりあえず届いたデータをチェックすることにする。
「うわぁ……。思った通りだけど、なんか多くない?」
満が驚くのも無理はない。
世貴が送ってきた内容は、次の通りだ。
『光月ルナの庭園・桜』
『エフェクト・桜』
『小道具・白団子』
『小道具・あんこ団子』
『小道具・三色団子』
なぜかお団子で三種類もあった。これが世貴の妙なこだわりである。やるなら徹底的にというこだわりが、あさっての方向で炸裂するのだ。
引きつった表情で笑う満だったが、すぐさまできばえをチェックするために屋敷のスキンを設定する。
すると、光月ルナのいつもの庭園が、一瞬で桜の舞う庭園へと変化してしまった。咲いた桜の花が、風に乗ってゆっくりと舞い落ちていく。
モーションキャプチャを着けた満は、早速以前に送られてきていた『小道具・ほうき』を出して、庭園に積もった桜の花びらを掃いてみる。
次の瞬間、満は衝撃を受けた。
なんと、ほうきで掃いたところの桜の花びらがちゃんと移動していた。ついでにいうとほうきに桜の花びらがくっついている。
誰がここまでしろといったと言わんばかりの変態技術である。
ヴァーチャルリアリティとはいうものの、ここまで来ればリアルそのものじゃないかとツッコミを入れたくなる。
よく見ると、画面内の光月ルナの体のあちこちに桜の花びらがくっついている。もちろん払いのければ落ちていく。
ここまでやるかと、満はついつい笑ってしまう。
しかし、これで翌日の配信内容は決まった。せっかく世貴が頑張って作ってくれたし、使ってくれと熱望しているのだ。やらない手はないというものである。
同時に、満はこうも思った。
どうせ今回もあまり時間がかかっていないのだろう。世貴は本当に人間なのだろうか、と。
満は一度画面をデフォルトに戻して、桜のグラフィックを消す。
なぜこうするのかというと、年末の雪の反省があったからだ。
実はこのグラフィック、出しっぱなしにしておくとそのまま段々と積もっていってしまうのだ。世貴が無駄にリアリティを追求した結果である。
そのせいで、ヴァーチャル空間でありながら遭難しかけるという惨事になりかけた。何事もほどほどがいいのだが、世貴には通じないらしい。
「あっ、そうだ。今日はレニちゃんの配信で僕の出番はないんだ。だったら、できたばかりのこの桜のグラフィックを使って、アバ信コンテスト用の動画を撮ってみようっと」
時間に余裕があるがゆえの思いつきだった。
再び桜のグラフィックを出した満は、クロワとサンを召喚して屋敷の中を散歩して回る。
光月ルナは吸血鬼であるので、屋敷のグラフィックはデフォルトで夜だ。そうなると、自然と桜は夜桜の扱いとなる。
夜の中に咲く桜と舞い散る花びらの中を歩く吸血鬼の少女と眷属の犬と猫。
不思議な組み合わせではあるのだが、これはこれでなんとも趣があるものだった。
散歩の締めには桜の咲く庭園に座り込み、大きな満月をバックに微笑んで終わりという、ある意味ホラーチックな映像になってしまった。
だが、思った以上の映像に満は大満足のようだった。
「ふふっ、世貴兄さんが桜を作ってくれたおかげかな。応募する動画、こっちに切り替えてみようっと」
動画の長さもファイルサイズも問題がないことを確認した満は、早速アバター配信者コンテストのサイトを開く。
ポチポチと入力していくのだが、とある項目で手が止まってしまう。
「あっちゃー……。やっぱり未成年だと保護者の同意が必要なんだ。こればっかりは仕方ないかあ」
アバターを使うのであれば基本的に中の人の年齢など関係なさそうなものだ。
しかし、今回のコンテストは全国規模の露出が求められるし、あちこちに出向く可能性がある。そうなると、どうしても中の人の年齢というものが重要になってくるのだ。
18歳未満では22時までしか働けないというあの法律の壁である。
「しょうがないな。お母さんに話して、許可をもらうしかないか」
満は仕方なく、夕食の時に相談してみることにしたのだった。
着実に迫りくるアバター配信者コンテストの〆切。はたして満の動画はどこまで行くことができるのだろうか。
それよりもまず、翌日の配信のこともある。
なにせモデラーである世貴から桜を使ってくれと切実なお願いを受けているのだ。
小道具もいろいろと追加されたので、できるだけすべてを使ってあげたい。
満はいろいろと頭を悩ませるのだった。