第124話 世貴と羽美の春休み
春休み中、世貴と羽美の双子の間にもいろいろと案件が舞い込んでいた。
「おう、羽美。忙しそうにしてるじゃん」
「ああ、世貴。最近有償依頼が舞い込んでいてね。PAICHATプロ、知ってるでしょ?」
「お前、あそこに登録してたのか」
「絵師としての力を試したいからね。有償ともなれば、力が入っちゃうじゃないの」
羽美はにやりと笑って世貴を見ている。
羽美が使うPAICHATというのは、かなり大きな創作投稿サイトである。
元々はペイントとチャットを組み合わせて作られた単語で、それが指し示す通り、絵チャットを行う絵師専用のコミュニティツールだった。
それが時代の変遷を経て、今ではイラスト投稿を中心としたコミュニティツールと変化している。真家レニが配信中に描いたイラストも、このサイトに投稿されている。
羽美が話していたプロというのも、このPAICHATのサービスのひとつで、イラストの有償依頼を仲介するものだ。
運営会社が仲介に入るために、依頼側も絵師側もある程度の信用が成立した上で取引を行う。
イラストも代金も一時的に運営会社が預かり、双方からの提供がきちんと確認できたところで、依頼者側にイラストを、絵師側に代金が支払われるようになっている。
そして、羽美が今こなしている依頼も、このPAICHATプロを通じて受注したものだ。
羽美は依頼の絵をしっかりと仕上げていく。
どんな依頼でも手は抜かず、しっかりと満足のいくように仕上げるのが羽美、絵師ウェリーンのモットーなのだ。
最近は、Vブロードキャスト社の新人アバター配信者である鈴峰ぴょこらのデザインも手掛けている。
企業案件をひとつクリアしたことで、羽美には自信がついているのである。
「で、今回の案件はどこなんだ?」
「教えるわけないでしょ? 〆切だけは教えるけどね。ご飯の当番とかに関わるから」
羽美の後ろに立ちながら、世貴が問い掛ける。ところが、世貴の質問に意地悪く答える羽美である。
「ちゃっかりしてるな。〆切はいつだ?」
「3月31日。依頼を受けたのは5日前だから、時間的余裕は10日間。春休み中で助かったわ。テスト期間だと絶対無理だった」
「そりゃご苦労なこったな。それじゃ、俺はルナちの新しい屋敷用のデータを作るとするか」
「桜でも作るの?」
「ザッツライト!」
世貴は親指を立てて、よく分からないポーズを決めている。イラストの依頼で忙しい羽美が見るわけもないというのに、まったく無駄なことをするものだ。
「それじゃ、この依頼が片付いたら、みっくんの配信でも見させてもらうかな。仕事終わりに花見、最高じゃないの」
羽美のやる気が俄然上がっている。
「まぁ、俺らはジュースで乾杯だがな、年齢的に無理だぞ」
「あはは、その時は準備をお願いね」
「分かった分かった。じゃ、頑張れよ」
「任せときなさいって」
話が終わると、世貴は自分の部屋へと戻っていく。
二人揃って大学に通うためにアパート暮らしを始めたのだが、今のところは順調のようだ。
一年生の間にバイトをしたりや有償依頼を受けたりして、自分たちでもかなり稼げている。とはいえ、まだすべてを自分たちで払えるわけではないのだが。
「みっくんのおかげよね。光月ルナが人気になったら、それに比例するように依頼が増えてるんだもの。ぴょこらの案件は、実入りがよかったなぁ」
羽美は手を止めて、ついうっとりしてしまっている。
「はっ、ダメダメ。もう一週間切ってるんだもの。早く仕上げなくっちゃ」
今回羽美が受けている依頼は、なんと自治体案件である。なんでもイメージキャラクターを出したいからといって依頼が来たのだ。
お披露目は相当に先にはなるようだが、キャラクターの活動に応じて著作権料が支払われる契約になっている。テレビ出演やらグッズの売り上げなどなどである。
「クロワとサンの売り上げほどではないだろうけど、これが人気になるようだったら、あたしも一躍有名人の仲間入りかしらね」
今からにやにやの止まらない羽美だったが、頬を一度両手で叩くと再びモニタとにらめっこを始めたのだった。
あっという間に時間が過ぎていく。
時間は夜の8時を回ってしまっている。
「おーい、羽美。飯できたから一度休憩入れろー」
食堂を兼ねた台所から、世貴の声が響き渡る。
「あと8分くらい~。今いいところなのよ~」
だが、正念場にかかっているのか、羽美はすぐには出てこれないようだ。
「しょうがないな。先食ってるからな」
仕方ないので、世貴は先に夕飯を食べ始めていた。
「ふぅ、いい感じの桜の木ができそうだな。これなら明日のうちに完成して、満くんにデータを渡せそうだな」
なんかすごい怖い独り言をこぼしている。
桜の木を作るとか言い始めたのは、今日の昼間のはずである。
なんともまあ、相変わらずの仕事の速さである。
「あー、もうほとんど食べちゃってる」
「遅いぞ。俺はルナちの配信を見なきゃいけないからな。食べ終わったら流し台に置いておいてくれよ。洗うのはやるからさ」
「ごめん、世貴」
羽美が食堂にやってくるのと入れ替わるように、世貴は自分の部屋へと引っ込んでいく。
しばらくすると、光月ルナの配信を見ながら騒がしくする世貴の声が響いてきた。
まったく、自分の作ったキャラにこれだけ熱くなれるとは。
羽美はちょっと世貴のことを羨ましく思うのだった。
「ごちそうさまでした。さて、流しに置いておけばいいのよね」
羽美は食器をシンクの中に置くと、水に浸しておく。
「ご飯も食べたし、それじゃ続きを頑張りますか」
世貴の部屋からは、相変わらず騒がしい声が聞こえてくる。
その様子に小さく笑みを浮かべ、羽美は依頼の続きに取り掛かったのだった。