第122話 家族会議
「おかえり、グラッサ。どこに行ってたんだよ」
「ただいま、ダーリン。ちょっとね」
家に戻ったグラッサは、自分の夫の出迎えを受ける。
その時のグラッサはとても楽しそうな表情で笑っていた。
その表情に、夫はものすごく不思議な感じを受けて首を捻っている。
「何かいいことでもあったか?」
「ええ、とても興味深いことよ。朝になったら、ドーターも交えてちょっとお話がしたいの。ええ、とっても重要なことよ」
その時のどこか楽しそうなグラッサの笑みに、夫はなんとも言えない寒気を感じたのだった。
翌日、朝になると小麦が眠たそうに降りてくる。
「なあに、パパ、ママ。話ってなんなのよ」
どうやら無理やり起こされたようだ。話があると呼ばれてきた小麦は、ひとまずおとなしく食堂の椅子に腰かけている。
「起きてきたわね、ドーター。まあ、食べながら聞いてちょうだい」
「うん~……」
実に眠たそうに返事をする小麦である。
本来なら光月ルナの配信を見ているような時間だったのに、母親がいるせいで見られなくて気が引き締まっていないのである。
(うう、ルナち成分を補充できなかったのはきつかった……)
眠たい目をこすりながら、小麦は母親の方を見ている。
今日の芝山家の朝食は、5枚切りトースト1枚と目玉焼きとちぎったレタスに焼いたソーセージ2本、それと牛乳だった。
小麦は眠たい目のままトーストにかじりついている。
「昨夜、ルナ・フォルモントと会ったわ」
「ぶふぅっ!!」
「ダーリン、さすがに汚いわよ」
グラッサの話に、父親が思いきり吹き出している。「汚いとは何だ、誰のせいだ」と言いたい父親だが、ぐっと言葉を堪えている。
「ママ、それ本当なの?」
「ええ、昨夜近くの公園でね。久々に体を動かしましたわね」
「え……」
戦ったと言わんばかりの話に、小麦の表情が凍り付いている。
「なるほど、昨日の昼にあった少女とまったく雰囲気が違った理由が分かりました。別人の体に入り込むなど、ありえないことね」
小麦と父親は、グラッサの話を黙って聞いている。
「そういえば、なんでもアバター配信者をしているとか言ってたような気がしますね」
グラッサはあごを抱え込んでいる。
その話を思い出したグラッサは、小麦の方をじっと見る。
「そういうわけです。ドーター、アバター配信者とやらになって、ルナ・フォルモントを監視しなさい。本人が言うには、本来の意識は私が封じたネットワークの中にあるらしいですからね」
「ほへ?」
グラッサからの指示を聞いて、小麦は目をきょとんとさせている。
「なんだ、話ってそんなことだったのか。なあ、小麦」
父親はそんなことをいいながら、小麦に顔を向けている。
グラッサは何のことやらよく分からないので、父親に向けてジト目を向けている。
「ダーリン? まさか、私にまだ隠し事していたっていうのかしら。ルナ・フォルモントのことだけでも、私は怒っているのですよ?」
「あ、いや、その。こ、小麦……」
グラッサにぎろりと睨まれて、父親がしどろもどろになって小麦に助けを求めている。
小麦も小麦で無視しながら目を泳がせている。
これにはグラッサもため息をつくばかりである。
「いいでしょう。今は朝食の時間です。ここまでにしておきましょう」
ほっとする小麦と父親だが、それは一瞬で終わってしまう。
「ドーター? 食事が終わったら部屋を見せなさい。様子から察するに、アバター配信者というものをしているみたいですからね。今まで隠していた罰として、すべてを白状しなさい、いいわね?」
「ひぃっ! は、はいっ、ママ!」
椅子に座った状態で精一杯逃げる小麦である。
だが、母親であるグラッサにこう言われてしまっては、もう逃げも隠れもできないのであった。
朝食が終わって、自分の部屋に母親を招き入れる小麦。
パソコンを起動させて、自分のチャンネルを開いている。
「ママ。これが私が持っているチャンネルだよ」
「どれどれ……」
画面に表示されているのはPASSTREAMERの『れにちゃんねる』のページだった。
「ふぅん、このチャンネル登録者数っていうのは?」
「私の配信を気に入ってくれてる人たちの数だよ。個人勢だとそこそこ多い方なんだ」
「そっか。さすがは私の娘ね」
「えへへへ」
グラッサに褒められて小麦は照れている。
「でね、ルナ・フォルモントのことだけど、多分この子のことだと思うんだ。今出すからちょっと待ってて」
小麦はそう言いながら、操作をして画面を切り替える。
そうやって出てきたのは満が持っている『フルムーンライトch』のページだった。
「ここのチャンネルを持っているアバター配信者の名前が『光月ルナ』っていって、ルナ・フォルモントとよく似たアバターを使ってるんだよ。アーカイブ見る?」
「そうね、見せてちょうだい」
「オッケー」
カチカチと操作をして、アーカイブ視聴を始める。そこに表示されたアバターを見て、グラッサは直感した。
「間違いないですね。昨夜のルナ・フォルモントの話と一致するわ。ドーター、彼女のことを監視してちょうだい」
「ういうい。てか、私はルナちのファンだからね。あ、血を吸われる前からだからね? きっかけは些細なことなんだけど、不思議な魅力があるんだ」
その時に見せていた小麦の笑顔に、グラッサは思わず驚いていた。
だが、休戦をするとは言ったものの、相手は監視対象。情けをかける気はない。
「何かあれば、すぐに報告して」
「分かったよ、ママ」
話を終えると、グラッサは小麦の部屋を出ていったのだった。