第121話 因縁は再び出会う
真夜中、満はむくりと起き上がる。
「ふむ……、どうやらあの者が近くに来ておるようじゃな」
言葉がおかしい。
どうやら、目を覚ましたのはルナ・フォルモントのようだった。
しかし、あの者とは一体誰なのだろうか。
目を覚ましたルナは、窓を開けて外へと飛び出していく。
しばらく飛んでいると、先程感じた気配の主を見つけて地上へと降りる。
「久しいな」
「まったくですね。まさか、あなたがもう自由を取り戻しているとは、封印が足りませんでしたかね」
ルナが呼び掛けた相手が、ゆっくりとその姿を現す。
そこにいたのは、小麦の母親であるグラッサ・シーディアだった。
「娘から海外にいると聞いておったが、いつ戻ってきたのだ。まさか、妾が復活したのを感じ取って戻ってきたのではあるまいな?」
ルナの問い掛けに、グラッサはまったく反応しない。まるで、吸血鬼と話をする必要などないと言っているかのようだ。
「相変わらずつれないな。妾は昔のように人間を無差別には襲わぬぞ。さすがに妾とて反省はするからな」
ルナが話を続けるものの、グラッサはまったく反応を示さない。さすがにこれでは喋る意味がなくなってくるというものだ。
あまりにも無言なものだから、ルナも反応に困るというものである。
「妾を封印するというのなら、やめてくれぬかな。今の妾は不完全な復活だ。この体も借り物にすぎぬしな。この体の持ち主に迷惑をかけるわけにはいかぬ」
ルナがこう言うと、ようやくグラッサが反応を示す。わなわなと体を震わせ始めたのだ。
「迷惑をかけるなというのなら、なぜ体を乗っ取っているのかしら」
ぎろりとルナを睨んでいる。
「それは妾にも分からぬ。なんでもアバター配信者というものをこの者がしておってな。そのアバターが妾とよく似たものだったのだ。それだけではない。妾とは波長が合ったらしく、気が付くと妾はこの者の体に入っておったというわけだよ」
「……そんな嘘八百、信じると思っているのか?」
「娘から聞いておらんのか? すべて話しておいたんだがな、おぬしの家族には」
「なんですって?!」
ルナから飛び出た話に、さすがのグラッサも驚いている。
自分の夫と娘に隠し事をされたのだ。しかも、退治屋の仕事関連のことでだ。
「まあ、二人を怒らんでおいてほしい。妾が頭を下げてまでお願いをしたからな」
「頭を、下げたですって?!」
ルナの言葉で、グラッサはさらに怒りを溜めていく。
「おい、やめるのだ。ここで妾たちが本気で暴れたら、被害がでかくなる。ケンカをするなら、ほれ、あそこの公園にでもするがいいだろう。気の済むまで相手をしてやるから」
「……いいでしょう」
グラッサはルナの提案に乗る。
怪異から人間を守る退治屋であるからには、人間に被害を出しては本末転倒だからだ。
近くの公園に移動したルナとグラッサは、突然大ゲンカを始める。
「まったく、怒りで攻撃が単調じゃぞ。それと、動きにキレがない。人間の加齢というのは恐ろしいものよな」
「年を取らない吸血鬼に心配されるなんて、心外な話だわ」
口ゲンカを交えながら、ジャンルを間違えたんじゃないかというくらいの大ゲンカが繰り広げられる。
一時間も暴れれば、さすがに双方とも疲れてしまい、その場に倒れ込んでしまった。
「はあはあ、まったく無茶苦茶をしよるな」
「商社の仕事に打ち込み過ぎたかしら。やはり鈍っているわね」
「そのようには見えんかったぞ。まったく、こんな無茶をしたら、朝には満に筋肉痛を残すことになるわい」
「満、その体の持ち主の名前かしら」
「そうだとも。本来は男の子なんじゃが、妾の影響で時折女になってしまう。実に可哀想なことをしたと思うておるよ」
空を見上げて呟くルナの言葉に、グラッサは黙り込んでいた。
「……そう。本当に変わったのね、あなたは」
大ゲンカをした後で、グラッサもようやくルナの言い分を認めたようだった。
「ああ、妾も今は楽しいからの。とはいえ、妾がいつまでもこの体に居座るわけにはいかぬ。早く完全復活を遂げて、満を解放してやらねばならん」
「そういうことなら、私も休戦に応じましょう」
「助かる」
グラッサから休戦の二文字が飛び出したことで、ルナもようやくほっとしたようだった。
「とはいえ、妾は吸血鬼である以上、血を吸わねばならぬ。それに、満に体を返すには、血を吸わんといかんからな」
「どういうこと?」
「妾の吸血衝動によって、満は男から女になるのだよ。そして、妾が血を吸って満足すると、満は元に戻るというわけだ。いかんせん、満に吸血行為はさせたくない。彼は人間だからのう」
「……なるほど、ドーターが血を吸わせたという理由が分かりましたよ」
グラッサはゆっくりと立ち上がる。
「ですが、私の血を吸わせるわけにはいかないですね。休戦をしたとはいえ、敵同士ですから」
「分かっておるよ。お前さんに封印されて、妾もいろいろと考えさせられたからな」
地面に倒れ込むルナに目を向けた後、グラッサはそのまま立ち去っていく。
ルナはその時のグラッサの表情に、とても満足したように笑ったのだった。