第114話 満の変わるもの変わらないもの
「ただいま~」
「お帰りなさい、満。あら……?」
香織とのお出かけから戻ってきた満は、ふらふらとしながら洗面所へと向かっていく。
満の母親は、その時の満の顔を見逃さなかった。
「お母さん、買い物に行ってくるから留守番頼んだわよ」
「分かったよ。いってらっしゃい」
母親はにやにやと笑いながら買い物へと出かけていった。
満は二階へと登っていく。自分の部屋に戻るためだ。
部屋に戻った満は、かばんを机に置くと、そのまま椅子に座って突っ伏してしまう。
「なんだろう、ドキドキが収まらないよ……」
満は机に伏せて足をバタバタさせながら呟いている。その時に少し体が前に寄ってしまい、胸の感触で思わず体を起こしてしまう。
「あっ、今女の子だったんだ。なんだろう、変身している感覚が薄くなってきてる……」
先日意識してからというもの、少しずつ自分の変化に戸惑いが生まれていた。
自分の変化を誰かに聞いてみたい気もするが、一番話しやすい風斗は話せる状態になかった。
「はあ……、誰に相談すればいいんだろうな」
満は今度は両肘をついていた。
「こういう時は気分転換がいいかな。アバター配信者コンテストに出す動画をいい加減作らなきゃいけないし」
思い立った満は、パソコンを起動させて光月ルナのソフトを起動する。
画面には棒立ちになっている光月ルナと、ペットであるクロワとサンが表示されていた。
画面に映る光月ルナの屋敷の背景は、何度見ても作り込みがすごかった。
「せっかく花宮さんと一緒に出掛けてきたんだし、それも動画に活かせないかな」
満はそう言いながら、香織と一緒に出掛けた光景を思い出そうとしていた。
いろいろと行ったけれども、どうも動画に活かせそうなネタではなかった。
それでも満は諦めない。
「そうだ。いっそのことペットと屋敷の散歩する光景でもしておこうかな」
手の込んだことをするより、単純にペットと屋敷の中を歩いて回るだけ。実にシンプルな動画にすることにしたのだった。
そう、幼馴染みと知っている街の中をあちこち歩いたというシチュエーションを活かすことにしたのだ。
方針が決まれば、満は早速動き出す。
服装はスカートではあるものの、自室の中なので気にすることはない。
満は早速全身にモーションキャプチャを身に着けるものの、最初は連動を切っておく。そうしないと屋敷の中の移動がちょっと面倒だからだ。
クロワとサンには、自分についてくるように命令を与えておく。
「確か、要綱には喋ってはいけないというものはなかったよね。だったら、いつも配信しているような感じでいいのかな」
方針が決まると、満はソフトをターゲットにして撮影を開始する。簡単な編集くらいなら満でもできるので、余計な尺は撮影後にそぎ落とすことにした。
屋敷の中を自室から厨房へ、そこから庭へと出て、ペットであるクロワとサンとただ戯れるだけの簡単な動画を撮影し終えた。
ちなみに、モーションキャプチャを使ったのは、途中でクロワとサンを撫でたり抱えあげたりするためだ。その辺りのオンオフを素早くできるようになったのも、ここまでの配信による経験のおかげだろう。
「うん、単純だけどいい感じかな。さて、時間とファイルサイズはっと……」
今しがた撮ったばかりの動画のサイズを確認してみる満。
光月ルナの屋敷の中を歩いた動画は、おおよそ5分程度だ。
ファイルサイズを確認した満は、すぐさま応募要項のデータと照会する。
「よかった、一応範囲内だ」
アバター配信者コンテストの要綱にある長さとファイルサイズには『長さ10分以内、ファイルサイズ2GB以内』という規定があった。
満が撮った動画は、両方をきちんと満たしていた。
しかし、動画最初と最後に余計な部分があるので、そこは編集で切り落としておかないといけない。
編集作業を始めようと思った満だったが、母親の声が聞こえてくる。
「いっけない。もうそんな時間だったのか」
時計を確認したら、もう夕食の時間を迎えていた。
仕方ないので、満は作業を中断して夕食を食べることにしたのだった。
その前にお風呂に忘れずに入った満だったが、最初の頃にあった恥じらいのようなものはすっかりなくなっていた。
「ふぅ、お待たせ、母さん」
「あら、お風呂入ってきたのね」
「今日出かけて汗かいたからね。先にさっぱりしておきたいと思ったんだ」
普通に受け答えをする満だが、母親の顔がおかしい。なんで笑ってるのだろうかと、満は訝しんでいる。
「いやあ、お風呂の後の服も女の子だし、すっかり慣れちゃってるわね」
「むぅ……。仕方ないでしょ、今の僕は女の子なんだから。からかうより、ご飯でしょ」
「はいはい、分かったわ。今準備するから待っててね」
母親のからかいに頬を膨らませて怒る満。その目の前では、やり取りに困惑する父親が近くに置いてあった新聞でこっそり顔を隠していた。
「そういえば、どうだったの、香織ちゃんとのデート」
「な、なに?!」
「母さん、何を言ってるんだよ。今の僕たちは女の子同士だったんだよ? 僕が男に戻ってたって、デートじゃないって。幼馴染みなんだから」
母親の問い掛けに父親が慌てふためく中、満は平然とした顔で答えている。
確かに女の子同士でのお出かけだったけれど、満がそう思っていても香織の方はどうだったのか。母親はそう問いかけようとして言葉を飲み込んだ。
(黙って見ている方が面白いものね。香織ちゃんには悪いけれど、満をもうしばらくからかわせてもらうわ)
実の息子に何を思っているのやら……。
父親がむせ返って無言になる中、空月家の食卓は微妙な空気に包まれたのだった。