第112話 高鳴る気持ち
いよいよ三学期も終業式の日を迎える。
「はあ、早かったね、風斗」
「あ、ああ……」
満が話し掛けるが、風斗はどことなく上の空な反応をしている。
それというのも、満がまたルナの姿になっていたからだ。また少し体形に変化があったようで、風斗はどこに目をやればいいのか困っているというわけだ。
「風斗、どこ見てるんだよ。僕の顔をちゃんと見て話をしてよね」
「わ、悪かったな」
満がしかめっ面を風斗に向けているものの、やっぱり風斗はあまり満の方をしっかりと見ようとはしていなかった。
それというのも、先日にお出かけで星見や小麦に散々からかわれたからだ。あれのせいで風斗はより一層、少女となった満を意識してしまっているのである。
「まったく、どうしたのよ。いつもなら向かい合っているのに」
「ああ、花宮さん、聞いてよ」
近付いてきた香織を捕まえて、満は慌てた様子で話し掛けている。
あまりにも焦った様子を見せているので、香織もびっくりしている。
「ど、どうしたのよ、ルナちゃん」
「風斗ってば、僕のことを変な目で見てるんだよ」
「え、ええっ?!」
びっくりした香織は、満の肩に手を当てながら、じっと風斗の方を見る。
「ご、誤解だ。というか、日曜に花宮たちに会った時のことが原因だぞ」
「えっ? ……あっ、そういうことなのね」
風斗が必死にする言い訳を聞いて、香織はすぐに理由が分かったようだった。
「星見さんのせいかぁ~……。なんで、あの時あんなにからかうようなことをしたんだろう。普段は頼りがいのあるお姉さんなのに」
香織も満から目を逸らしている。間接的に自分のせいだからだ。
「ごめんなさい。星見さんももうああいうことはしないと思うから」
「悪気がなかったんだろうけどさ、男女が一緒にいたらそう思うのは正直やめてほしいもんだよ」
「そ、そうだね……、あははは」
香織はただ苦笑いをするしかなかった。
「そうだ、ふたりとも」
「なに、花宮さん」
気まずくなった空気をどうにかしようと、香織は満と風斗に話し掛ける。
「今日は終業式で午後は暇でしょ。昔みたいに三人でどこかに行かない?」
「あっ、それはいいかもね。風斗も行くでしょ?」
香織の提案に、満は間髪入れずに喜んだ反応をしているが、風斗はどういうわけか渋っている。一体どうしたのだろうかと、満は首を傾げている。
「お前たち二人で行ってこいよ。さすがに俺は遠慮しておくぜ」
「ちょっと、風斗?!」
風斗はそういうと、さっさとかばんを持って教室を出て行ってしまった。
「もうなんなんだよ、風斗ってば……」
(そっか。村雲くんってば私に気を遣ってくれたのね。空月くんと一緒にいるのも気まずいっていうのもあるだろうけど)
風斗が教室を出る前に、背中を見せたまま手を振っていた姿を見ていた香織はピンと来ていたようだった。
こういう時にすぐに気持ちを察せるあたり、さすがは幼馴染みといったところだろう。
「ねえ、ルナちゃん」
「どうしたの、花宮さん」
急な呼び掛けにびっくりする満。一方の香織はちょっともじもじとしている。
「どっちの家で待ち合わせる?」
「そうだなあ。僕はあまり家を知られたくないから、花宮さんの家でいいかな」
「そっか。あっ、それと帰ってすぐにする? お昼を済ませてからにする?」
「そうだね。たまにはゆっくり気分転換がしたいし、帰ってすぐにしようかな」
「了解。それじゃ、家に来るのを楽しみにしてるね」
香織はとてもにこにことした笑顔で答えていた。
満は香織の喜びようにちょっとびっくりしているものの、その本当の理由を知ることはなかった。
(やった。女の子同士だけど、空月くんとデートだわ)
そう、片思いの相手と二人っきりでのお出かけである。まぁ、ルナ・フォルモントという女性の姿ではあるものの、香織は気にしないことにした。同一人物なのだから。
揃って教室を出た満と香織だったが、家は別方向。校門を出たところでそれぞれの家へと帰っていったのだった。
家に戻った香織は、早速服を着替える。
なにせ、小さい頃から一緒だったとはいえ、満と二人っきりでのお出かけは何気に初めてだからだ。
ただ、相手である満は今現在銀髪翠眼の美少女である。
「空月くんと釣り合うには、どんな服がいいかな。ああ、どれにしよう……」
香織は本気で服に悩んでいたようだ。
ちょうど季節は春で暖かくなってきた頃だ。服装のチョイスにもかなり気を遣う時期である。
ついでにいえば、黄花マイカというアバター配信者になったことで、少しばかり服装の好みにも変化が出始めていた。
元々香織は少しばかり大人しい感じの性格だったので、服装もそれに沿った感じの控えめな服をよく着ていた。
(ちょっと、頑張りすぎかな……?)
香織は満がやって来るまでの間、着ていく服にものすごく悩んでいた。
なかなか決まらない状況が続いたのだが、いよいよ決断の時が来てしまう。
ピンポーン。
そう、玄関の呼び鈴が鳴ったのだ。
「わわわっ、空月くんが来ちゃった。早く決めないと!」
慌てた香織は、買いはしたものの控えていた少し背伸びした服を着て玄関へと向かったのだった。
(えへへ、空月くんはどう思ってくれるかな)
香織はかなり気持ちが高鳴っていたようだった。
玄関へとやってきた香織の目の前には、銀髪翠眼の少女、吸血鬼モードの満の姿が映ったのだった。