第111話 香織の決断
一方、満たちと別れた香織は、星見の運転する車で移動している。
今日はVブロードキャストで配信を行う予定だからだ。
「ふふっ、香織ちゃんの幼馴染みたち、可愛かったわね」
「も、もう、星見さんってば……」
楽しそうな星見の声に、香織はちょっと頬を膨らませながら不機嫌そうな顔を見せている。
「ごめんなさいね。でも、なんでしょうかね。なんか意地悪をしたくなる雰囲気がすごかったので、ついですね……」
「その気持ちは分かりますけど……」
星見の言い訳に、香織は頬を膨らませたままじっと前を見ている。
「ルナちゃんって言いましたっけかね。彼女はなんだか光るものを感じました。多分、こちら側の人間でしょうね」
「そ、そうなんですか?!」
「ええ。これでもアバター配信者歴五年ですよ。Vブロードキャスト社の契約社員ですし、人を見る目は持っているつもりです」
「ほえ~……」
香織はここまでふた月近い関わりがありながらも、星見のことを詳しく知らなかった。
でも、契約社員であるというのなら、オーディションの際に顔を出したのも頷けるというものだ。
「さて、そろそろ到着しますから、気持ちを切り替えましょうか。入社許可証はちゃんと持ってきていますね?」
「はい、大丈夫です」
かばんからネックストラップで吊るされた許可証を取り出す香織。その顔はやる気に満ちている。
さすがにもう何度も配信を行っているだけに、香織の表情には少し自信さえ見えている。
スタジオに到着すると、早速スタジオに移動する。同時に配信を行うアバター配信者も揃っており、休憩室で時間を待っているようだった。
「あら、瀬琉フィルムくんも来ているのね」
「これはミミ先輩、おはようございます」
さわやかそうな男性が星見に挨拶をしている。
男性は香織にも気が付いたようで、顔を急に向けてくる。その様子に香織は思わず星見の後ろに隠れてしまう。
「ああ、ごめん、びっくりさせたね。私は瀬琉フィルム、第三期生です。バレンタイン配信では代打で出てくれてありがとう」
「あ、いえ。たまたま予定が空いてましたし、その……お役に立てるのならと受けてしまっただけですので」
男性のお礼に、香織はしどろもどろに受け答えをしている。
「それにしても、フィルムくん。ずいぶんと回復までかかっていたわね」
マイカの様子を見ていたミミは、気を逸らせようとしてフィルムに事情を尋ねている。
「インフルエンザが治ったと思ったら、今度は花粉症でね。今までかかってしまったんです」
「花粉症って、まだ時期の最中では?」
「今は薬が飲めるようになったからだいぶマシになっていますよ。今日は単独配信で来ているんですよ」
「なるほど、それはよかったですね。倒れている間のスケジュール調整が大変でしたからね」
「いや、面目ないですね。ははは」
フィルムは、頭の後ろに手を当てながら苦笑いをしている。
「フィルム先輩、初めまして。私は黄花マイカといいます」
「うん、海藤さんから聞いていますよ。同じ担当ですからね。今日はマイカちゃんはミミ先輩と同じブースだから、海藤さんは私を手伝ってくれているわけなんですよ」
「そうなんですね。海藤さん、何人もの方を担当されてて大変そう」
香織は口に手を当てながら、海藤のことを心配している。
その顔を見た星見は、香織の頭にポンと手を置いている。
「大丈夫ですよ。海藤さんはアバ信が好きですし、その担当ができるならいくらでも頑張れるって豪語していますからね」
「海藤さんってば、本当に面白いこと言ってるのね」
「そうなんですよ。だからこそ、私も準備を全部彼女に丸投げできるんですけどね」
「少しは手伝いなさいよ。あなたの配信、私たちの中では異質なんですからね」
「はははっ、そうですね。反省します」
楽しく話をしているものの、容赦なくその時は来てしまう。
「では、私はもう配信に向かいますね。30分間の予定ですから、ミミ先輩たちにはかぶりませんよ。よかったら覗いて行って下さいね」
「ええ、そうさせてもらいます」
フィルムは休憩室を出てスタジオへと向かっていく。
入れ替わりで、星見と香織が休憩室に腰を落ち着かせる。
「そういえば、マイカちゃん。ちょっといいかしら」
「なんでしょうか、ミミ先輩」
Vブロードキャスト社のスタジオに入ったことで、二人とも名前の呼び方が変わる。
「今日の配信の後で、森さんからお話があるそうよ。私も同席させてもらうけれど、どうする?」
「う~ん、分かりました。お伺いします」
「分かったわ。森さんもそろそろ来るでしょうから、その時に返事を伝えて下さい」
「はい、分かりました」
何の話かは分からないものの、一応聞いてみようとだけは思った香織である。
先に配信を終えたフィルムと入れ替わるように、香織たちはスタジオに入って配信を開始する。
その配信を終えた後で持たれた森との話し合いの場、そこで森から伝えられた話の内容に、香織は大きな衝撃を受ける。
「ええっ、アバター配信者コンテストに、私が参加ですか?!」
「そうです。今まで外部との連携などは取ってきませんでしたが、今年から我が社も積極的に打って出ようということが会議で決まりました」
「なるほど、それで四期生で最も出演回数が多く人気の高いマイカちゃんに、白羽の矢が立ったというわけですか」
星見の言葉に、森はこくりと頷く。
どうやらこの話は本当のようだ。
「応募締め切りは4月10日。アイディアはまとまっているので、あとはマイカちゃん次第といったところですね。こんなギリギリに話すことになってごめんなさいね」
「いえ、会社の方針として悩むのは分かります。それに、ちょうど来週には春休みですし、やってみたいと思います」
「そう、嬉しいわ。それじゃ、準備にもう少しかかりそうだから、整う頃になったらまた連絡しますね」
「分かりました」
どうやらVブロードキャスト社もアバター配信者コンテストに殴り込みをかけるようである。
企業勢の殴り込みも発生するアバター配信者コンテスト。締め切りまではあと二十日ほど。さてさて、どのようなイベントになるのやら。