第109話 煮詰まったら気分転換
アバター配信者コンテストの参加表明をしてから三週間。春休みまでもう一週間という時期を迎えていた。
「ダメだ、アイディアが出てこない……」
満はすっかりネガティブモードだった。
今日は日曜日ということもあって、満は気分転換に風斗を誘って街に出ることにした。
「で、なんでそんな服装なんだ」
家にやって来た風斗は、開口一番それだった。
それもそうだ。今日の満はまた吸血鬼モードだったからだ。つまり、ルナ・フォルモントの姿、女性になっていたのである。
三月も半ばで暖かくなってきたので、きっちりと着込んだ服装ではなくなっていた。なので、風斗がツッコミを入れているというわけなのだ。
ついでにいえば、最初の頃にあれだけ嫌がっていたスカートを平然と穿くようになっていた。下にはレギンスを穿いているとはいえ、明らかな変化である。
「えっ、そんなにおかしな格好かな。僕はいい感じだと思うんだけど」
「いや、確かにコーディネートとしちゃ問題はない。お前、すっかり女の姿に慣れてきたな」
「えっ……」
風斗に言われて、満はショックを受けていた。
だが、冷静に思い出してみる。着替えている間にどんな状態だったのか。
思い出した満は、思わず顔を真っ赤にしてしまう。
「うう、どんな服装がいいか、鼻歌を歌いながら着替えてた。恥ずかしぬ……」
そう、すっかりお着替えを楽しんでいたのだ。
初めて女の姿になってから約半年。慣れというものは怖いものだった。
「そ、そんな顔をするな。こっちまで恥ずかしくなってくる」
どういうわけか、風斗まで顔が真っ赤になっていた。
「風斗、どうしたんだよ。真っ赤だよ」
「顔を近付けるな。と、とりあえず出かけるんだろ。さっさと行くぞ」
「ま、待ってよ、風斗!」
慌てて自転車に乗り込む風斗を追いかけて、満も自転車に乗って出かけていったのだたt。
「はいはい、行ってらっしゃい。まったく、青春ねぇ……」
満の母親は笑顔で二人を見送ったのだった。
満たちは、いつも通りの場所へとやって来た。駅前の繁華街、ここが二人のぶらつきスポットである。
ここにやって来ると、二人は決まって書店へと入っていく。
月頭に来た時は、月刊アバター配信者を必ず購入しているという、二人が必ず訪れるお店だ。
「なあ、満」
「なあに、風斗」
話し掛けられた満は、本に目を通しながら反応する。
「お前さ、何の本見てるんだ?」
「えっ?」
風斗に突っ込まれて、満は改めて自分の持っている本を見る。
なんとそれは女性向けのティーンズ誌だった。無意識のうちに手に取って目を通していたらしい。
「あわわ、なんで僕こんな本を手に取ってるの?」
「知るかよ。だが、お前は躊躇なくその本を手に取っていたぞ」
「え~……」
ショックを受けまくりの満である。どうやら、無意識下では段々と感覚が女性に寄り始めているようだった。
ただ、ルナの姿の時だけなのか、満全体への影響なのかは分からない。どちらにせよ、満にはショックだったようだ。
「ありがとう、風斗。すっかり体に引っ張られるところだったよ」
「ま、まあ。別にいいとは思うんだけどな。びっくりしちまって、つい言っちまった」
はにかむ満に対して、恥ずかしそうに顔を合わせずに話す風斗である。
「あれ、村雲くん、ルナちゃん、奇遇だね」
微妙な空気になっていたところに、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「あ、花宮さん」
そう、クラスメイトで幼馴染みの香織だった。
「よう、花宮。こんなところで会うとは奇遇だな」
「うん、まったくだよね。私、本屋さんに来ることってあまりないからね。まさか会うなんてびっくりだよ」
香織は満面の笑みを浮かべている。
この時の満は、香織の顔よりもじっと全体の服装に目がいっていた。
(う~ん、可愛いなぁ。僕にも合うかなぁ……)
「おい、みち……じゃなかったルナ。おい!」
「はっ!」
風斗の大声で我に返る満である。
「お前さ、今何を考えてたんだ?」
「えっ?! あのね、こういう服は僕にも似合うかなって……」
「……はあ?」
風斗の質問に正直に答えると、ものすごく呆れられている。満は何か変なことを言ったかなと、風斗と香織の間で視線を行ったり来たりさせている。
「ふふっ、すっかり女の子しちゃってるわね。多分似合うわよ」
「え、ええ?! あ、僕ってば何を言って……」
香織に笑われたことで、満はようやく自分が何をやらかしたのかをはっきりと認識した。
(あああ、僕ってば完全に女の子になってきてる~っ!)
頭を抱えて驚く満の姿に、香織はおかしくて笑いが止まらなかった。
「あら、香織ちゃん。その子たちはお友だち?」
満たちと話をしている香織に、後ろから現れた女性が声をかける。
「はい、幼馴染みでクラスメートなお友だちです」
香織はにこりと微笑んで女性の問い掛けに答えている。
「そっか、なかなか楽しそうなお友だちね」
さっきのやり取りを見ていたのか、女性は笑いを堪えながら話をしている。
「あの、花宮の知り合いの方でしょうか」
我に返った風斗が女性をしっかりと見ながら質問を投げかける。
「ええ、知り合いですよ。今日は一緒に買い物をする約束をして、こうやってお付き合いしているところです」
女性がしっかりと答えるが、風斗は警戒を緩めなかった。
香織と一緒に現れたこの女性は誰なのだろうか。女性に染まっていくことに頭を悩ませながら、満はじっとその姿を見つめるのだった。