第106話 アバター配信者コンテスト
Vブロードキャストからの打診を断ってからしばらく、満は変身することもなく平穏に暮らしていた。
もう三月になろうかという頃だった。学校にやって来た満は風斗から声をかけられる。
「よう、満。これは見たか?」
「どうしたんだよ、風斗」
興奮した様子で話す風斗の態度に、満は不思議そうに首を捻っている。
「なんだ、まったく把握してないのか。これを見てみろ」
風斗が差し出してきたスマーフォンの画面を、満はじっと覗き込む。
「アバター配信者コンテスト? なにこれ」
風斗が見せてきた画面を見ながら、満はちょっと興味をしているようだ。
「まあ、詳しくはお前の家に行ってから話すぜ。知られるわけにはいかないんだからな」
「あっ、うん、そうだね」
「どうしたのよ、二人とも」
こそこそと話をしていると、香織がひょこっとやって来た。ルナの一件以来、すっかり昔のように話をすることが増えているようだ。
聞こえないように話をしている様子が気になってしまったのか、つい挟まりに来てしまったようである。
「なんでもないよ、花宮。いいのか、女子友だちの方は」
「いいのかって、私の席はここじゃないの。空月くんが座ってるから、私が立ってるだけでしょ」
「わわっ、ごめん!」
香織が訴えてくるものだから、満は慌てて席から立ち上がる。
満があまりにも慌てるものだから、香織はちょっと戸惑っていた。そんなつもりで言ったわけじゃないといった顔だった。
キーンコーンカーンコーン……。
それと同時に朝のホームルームの予鈴が鳴る。
「それじゃ風斗、また放課後だね」
「ああ、じゃあな」
満は一人だけ離れた席へと戻っていく。
「どうした、花宮」
香織はぼさっと立ったまま、座ろうとしない。変に思った風斗が声をかけると、慌てたように席に座っていた。
「なんでもないよ、村雲くん」
「変な花宮だな。まっ、最近はずっと変だけどよ」
思わず困った顔になる風斗である。
そんな反応を見せる風斗の前では、ついつい顔を赤くしてしまう香織がいた。
(空月くんが座ってた椅子……。ああ、村雲くんの席の前でよかった……)
自分の席に満が座っていて、つい幸せそうに微笑む香織なのであった。
―――
放課後、風斗は満の家に遊びに来ていた。
「おばさん、お邪魔します」
「いらっしゃい、風斗くん。ジュースとお菓子持っていくわね」
「いえ、お構いなく」
定番のやり取りをして、風斗は満の部屋へと入っていく。
部屋に入ると、風斗は満にパソコンを起動させ、学校で見せたホームページを開かせた。
「アバター配信者コンテスト……。こんなのがあるんだ」
「ああ、あまり知られてないけれどな。ほら、みんな普通に配信して収益化してるだろ。そのせいで結構影が薄いコンテストなんだよ」
「よく知ってるね、風斗」
風斗の説明を、満は呆れた様子で聞いている。
しかし、満は思わずこのコンテストに興味を持ってしまった。
「優勝賞金50万円か。それに、専属契約付き?!」
「ああ、断ることもできるが、専属契約になればCMに広告、あとは自治体とのコラボとかいろいろできるようになるんだよ。主催が結構大きな会社だからな」
「へぇ~……」
あまりにも大きな規模に、満は驚きすぎて反応が乏しくなってしまった。
賞金自体はそれほど多いものとは思えないが、専属契約という部分が大きすぎる。
満がこう思うのも、スパチャなどの収益化で金額が膨れ上がっているからだ。十二月にいたっては、真家レニとの共同配信の効果もあってか六桁に乗ってしまった。並の中学生に比べれば圧倒的に稼いでいるのである。
それだというのに、満がこのコンテストに引かれるのは、専属契約という言葉の響きのせいだろう。
「まぁ、アバター配信コンテストとはいっているが、一次審査に使うのは配信用の動画を一本送るだけだ。それを抜ければ本選で、おそらく中継をつないでの配信となるはずだぜ」
「ふむふむ、なるほど……」
「アバター配信者で上を目指そうっていうのなら、参加してみてもいいんじゃないかな」
「そうだね。考えておくよ」
風斗に勧められて、満はかなり乗り気のようである。
「申し込みの締め切りを間違えるなよ、4月10日だからな?」
「うん、分かった。でも、どんな動画を撮って応募しようかな」
「世貴にぃの変態技術があるんだ。お前にしか撮れない動画っていうのはきっとあるさ」
風斗は親指を立てながらウィンクをしている。
満はその姿を見て、思わず吹き出していた。
「満、てめえ」
「痛たた。風斗、叩くのはやめてくれよ」
あまりにも大笑いをしたものだから、風斗が軽く満を叩いている。まったく、仲のいいことだ。
「ひとまず、応募するなら世貴にぃにも確認しないとな」
「うん、そうだね。世貴兄さんと羽美姉さんには、協力してもらっているわけだもんね」
早速確認の連絡を入れる満と風斗。困ったことに、一瞬で返信があった。
『いいよ』
「これだけ?」
「世貴にぃらしいな、これは……」
驚くくらいに短い了承の返事に、満も風斗も苦笑いをするばかりだった。
しかし、光月ルナの生みの親である二人から了承をもらえたことで、コンテストには気兼ねなく参加することができそうだ。
「それじゃ俺は帰るわ。相談があるなら、また受けるぜ」
「うん、ありがとう風斗」
話を終えた風斗が帰っていく。
部屋に戻った満は、アバター配信者コンテストに向けての準備を始めることにしたのだった。