第105話 思いはとどまらない
その頃のVブロードキャスト。
海藤がカタカタとパソコンに向かっている。
「ん? DMだわね。ということは光月ルナに出したメールの返事かしら」
海藤は届いたダイレクトメッセージを開く。
それを見るなり、大きなため息をついていた。
「う~ん、ダメだったみたいね。そうか、こっちに出向くことはやはりネックだったかしら」
お断りの返信を見た海藤ががっかりしている。
Vブロードキャストは基本的に本社に出向いてもらって、本社から配信をする方式を取っている。つまり、これが外部から人を呼びづらい理由になっている。
そのことは一般にも出回っている情報がゆえに、コラボの打診をしても大抵断られてしまうのだ。
今回もダメだったために、海藤は大きくため息をついていた。
「海藤、どうしたのかしら」
部屋に森が入ってきた。
「ああ、森先輩。光月ルナへの打診、ダメでした」
海藤からの返答を聞いて、森は仕方ないかという表情をしている。
「やはり、うちに来てもらって配信をしてもらうというスタイルは厳しいわね」
「ええ、まったくですよ。人によっては移動が厳しいですからね。それにアバ信は基本的に中の人は秘密ですからね。正体をさらすリスクを冒してまで出てくる人を探すのは大変でしょう」
海藤の話に、こくりと頷く森である。
「まぁ仕方ないわね。外部との映像共有はPASSTREAMERだけですし、その機能を使ってもいいでしょうけれど、うちのデータが外に漏れる危険性がありますからね。社長はその辺り慎重ですから……」
森はしょうがないかと納得した表情をしている。
「とはいえ、このまま外部とのコラボを渋られる状況というのは、どうにかして改善していきたい限りですね」
「まったくだわ。今度の会議の時にでも、橘や柊と一緒に訴えてみるしかないでしょうね」
森は気が重いのか、眉をひそめている。
「私はまだ入社してなかった頃ですけれど、第一期生の方も、それが原因でやめられたんですよね」
「ええ。大学生だったんですけれど、就職で遠くに引っ越すことになってしまってね。とてもうちに足を運べないということで、卒業してしまったのよ」
海藤の質問に、森はぽつぽつと話を始める。
「射場ドーラ。男性アバ信で、華樹ミミと肩を並べるほどの人気のアバ信だったわ。だから、手放したくはなかったんだけど、現実は酷というものよね」
「そうですね」
名前を聞いたことがなかったせいか、海藤の反応は少々ばかり薄かった。とはいえ、森が落ち込むほどの表情で話しているだけに、なんとなくではあるもののその人気が相当のものだったと察せてしまう。
「箱としての知名度はあるけれど、外部スタジオを設けるほどの資金力はまだないわ。情報が漏れ出ることには慎重な社長だし、スタジオを借りるという判断にも二の足を踏む。このままだと、これ以上大きくするのは厳しいかもしれないわね」
「そんな……。せっかくいいところに就職したと思ったのに、それでは困りますね」
「ええ、そうね。そのためにもひとまずはアバ信以外とのコラボの道を探しましょうか。商品とのタイアップだったり、啓蒙ポスターのキャラクターだったり、いろいろあるというものだわ」
「そうですね。私も社員として頑張ります」
海藤は鼻息を荒くして気合いを入れている。
今年入社三年目にして、去年から任されたアバター配信者のサポート役という重要な立場だ。せっかく手に入れたのだから、そう簡単に手放したくはないというものだ。
「イメージがよさそうといえば、今年採用になったマイカちゃんがいいですかね。積極的に顔を出しているおかげで、四期生の中では人気が一番ですよ」
「そういえばそうね。お披露目の日にすでに先輩にあたる華樹ミミと蒼龍タクミの番組に出演して、バレンタイン配信でも助っ人をしてくれたものね」
森はそう言いながら、ポンと手を叩く。
「そうね。せっかくですから、彼女を積極的に推していきましょうか」
「いいですね。ひとまず絵師と連絡を取ってみます」
「ええ、そうしてちょうだい。一応こちらに権利はもらっているけれど、絵師にも権利は残っているからね。その辺りをクリアにしておくのは必要なことだわ」
やる気の出てきた森と海藤は、早速黄花マイカのデザインをしてくれた絵師と連絡を取っている。
こちらは意外と早く、二つ返事で許可が下りた。自分の絵が有名になるのなら、じゃんじゃん使ってほしいとのことだった。
「よし、あとは3Dモデラーと中の人ね。とりあえずそちらは企画が進んでからにしましょう」
「分かりました。なんだかわくわくしてきますね」
「ええ、まったくよ。これでも人気アバ信を抱える会社だものの。なんとしても企画を通して、会社を大きくしてみせましょう」
森と海藤はグータッチをして決意を固めていた。
ちょっとしたきっかけで動き始めた企画だが、これが今後どういう動きを見せることになるのか、思いついた二人ですらまったく想像できなかったのである。