地獄で会いましょう
俺は激怒した。
次の瞬間、経験したことがない激しい頭痛に見舞われ、意識を失った。なぜ怒ったか覚えていない。目覚めたとき、俺は広く静かな部屋でイスに座っていた。周りに老人が何人もぼんやり座っている。
「あっ、お目覚めですね。ではご本人確認をしますので、お名前をフルネームでおっしゃってください」
事務服を着たおばさんが、俺に近付いてきて、にこやかに尋ねた。
「か、神田太です」
「はい、えっとこの席の人はっと」
おばさんは首から下げていた老眼鏡をかけ、指を何度も舐めながらファイルの紙の束をめくると、
「あぁ、この人ね。はい、神田さん、生年月日をおっしゃってください」
「昭和42年4月2日ですわ」
「はい。ではお顔を確認しますよ。はい、間違いないですね。では新しいマイナンバーカードをお渡ししますよ。記載内容に間違いがないかよく確認してくださいね」
と俺にカードを手渡した。
「こちらの世界はIT化が進んでるので、何をするにもこのカードを使いますよ。なくさないように常に首から掛けといてくださいね」
とストラップを渡された。
「こちらの世界? おねえさん、ここはどこなん?」
「ああ、神田さんは急に亡くなられたのね。驚かれたでしょう。ここは死後の世界の閻魔庁ですよ。このあと閻魔と面談をしていただき、配属先について、閻魔庁が誇る最新鋭のAI『遠山の金さん』によりお裁きを受けていただきます」
「遠山の金さん? 最新鋭とは思えんネーミングやな」
「どれだけシラを切ってもすべてお見通しってことで名付けられたそうですよ。最終的に天国に配属されると、心身を蝕む労働や、煩わしい人間関係に悩まなくても、標準的な生活ができるだけの年金が支給されます。地獄に配属されると五感に苦痛を感じる劣悪な環境で強制労働に従事していただきます。配属先はできるだけ皆さんの希望と適性が尊重されます」
事務的かつにこやかに説明し、俺に番号札を手渡した。
「もし地獄へ堕ちてもしっかり成果をあげてポイントを貯めた人は、私のように労働環境のいい職場に転生して効率よくポイントを貯めて、人間界でやり直せるチャンスが与えられますから、もし地獄行きになってもせいぜいポイ活に励んでくださいね。こちらに今から受ける審判についての説明と注意事項が書いてありますので、待合室で目を通しておいてくださいね」
早口で言うと、彼女は俺に小冊子を手渡し、待合室の前まで案内した。
「最後に、番号札の裏面にアンケートのQRコードがあります。本日担当した私の接客態度や説明のわかりやすさ、至らなかった点など、ご意見を入力してください。抽選で毎月4名様に1等4万2千ポイントが進呈されますよ。では待合室へご案内します。モニターに番号と入る部屋が表示されますので、その部屋にお入りくださいね。では行ってらっしゃい」
畳み掛けるような説明が終わると、手を振るおばさんに見送られて待合室に通された。小冊子に目を通し終わった頃、俺の番号と「4番の部屋へお入りください」の文字がモニターに表示された。
部屋の中は刑事ドラマで見た取調室のように、小さな机をはさんで二人が対面して座るようにイスが置かれ、その脇に立っている若い女性が俺を出迎えた。
「こんにちは。あなたの審判を担当する閻魔4989号です。こちらの世界ではカスハラや報復防止、個人情報保護の観点から閻魔は名前ではなく番号で呼んでいますのでご了承ください。どうぞお掛けください」
20代前半ぐらいの生真面目そうな女性だ。
「閻魔やていうから、いかついおっさんやと思ってましたわ。いやぁ、こんなかわいいおねえちゃんやとは思わんかった。笑顔がかわいくって、ぽっちゃりして、俺の好みのタイプやんか。黒のワンピースがよう似合うてるやんか」
「ありがとうございます。以前は閻魔といえば中高年の男性が多かったんですが、急速なIT化についていけない閻魔が、これじゃ生き地獄だ、まだ畜生道や餓鬼道のほうがましだとか言って大量に転職したので、今はほとんどの閻魔が20代になっちゃったんですよ。でもおっさんの閻魔よりも若い女性の閻魔のほうがよっぽど怖いって、よくアンケートに書かれるんですよ」
閻魔がニコッと微笑んだ。
「いやぁ、ほんまにかわいいなぁ。名前を教えてぇな」
「それは個人情報なのでお教えできません」
閻魔が急に怖い顔になった。
「はい、ではまず本人確認をしますから、マイナンバーカードをこちらのカードリーダーにタッチしてください」
「えっ? タッチしたらええの? ほな、ここへタッチ」
「私にタッチするんじゃないの。ふざけてたら地獄へ堕としますよ。ここにタッチですよ。
はい、神田太さんですね。では、早速ですが、審判の結果をお伝えします」
閻魔はパソコンの方を向いたまま、上目遣いで俺の顔をじっと見ている。
「そんな目で見つめられたら余計にドキドキするやんか」
俺の言葉を遮るように、閻魔が口を開いた。
「神田さんの人生を振り返り、AIが審査した結果、あなたは地獄行きと判定されました。は~い、パチパチパチ」
「な、何? この俺が地獄行きだと?」
「あれ? 神田さん心当たりがあるでしょ。おツラいでしょうけど、気を落とさず頑張ってくださいね。あっ、これにて、一件落着ぅ~」
「待てぃ、一件落着されてたまるか。俺は社長として、社員とその家族の生活を責任を持って支えてきた。つまり何人もの人を救ってきたんやぞ。あんたみたいな若造でもわかるだろう。犯罪歴があるわけでもないし、ユニセフに募金だってしたぞ。どこをどう評価したら地獄行きになるねん。だいたいAIなんてものが信用できるか。ちゃんと説明しろ」
パソコン画面に目を落とし、黙って反論が終わるのを待っていた閻魔が言った。
「はい、承知しました。神田さん、あなたのこれまでの生き方を振り返ってみましょう。あのモニター画面に映し出されますから、しっかりと見ておいてくださいね。最終的に審判に納得できない場合は、閻魔庁の専門官が再審査しますので、この再審請求書に反対意見を書いて窓口に提出してください。情に訴えようと、客観性のない感情論を書いても、一次審査でAIに却下されますから、注意してくださいね」
「なんや、めんどくさいなぁ。俺はそんなのは苦手やねん。ここには弁護士はおらんのか?」
「ご希望であれば弁護士を雇うこともできますが、あんまりオススメはできませんよ。良心的な弁護士さんは天国で悠々自適な暮らしを送られているので、このあたりで開業してるのは地獄へ堕ちた悪徳弁護士ばかりなんですよ。ほとんど詐欺師一味みたいな人たちばかりですから、ヘタに関わるとそれこそ地獄の苦しみを味わいますよ」
閻魔はチラッと俺を見たが、あとはパソコンに目を落としたまま淡々と話す。
「なんで、そんな奴らが野放しになってんねん。クソッ、とにかく地獄だけはイヤやねん」
「はいはい、だからいっしょに映像を見て客観的に検証しましょうって言ってるんですよ。いいですか。じゃあ、モニターをしっかり見ててくださいね」
閻魔がカチッとマウスをクリックすると、映像が映し出された。
「はい、神田さん、今映っているのは、あなたが不倫してる現場です」
先月、突然退職した秘書のアンナと俺がモニターに映し出された。
「おーん? これはこの前あのオンナと泊まった温泉旅館やないか。おまえら盗撮したのか?」
「あらぁ、神田さん、奥様もいらっしゃるのに貸切風呂でイチャイチャして、ずいぶん楽しそうですね」
「まあ不倫であることは否定しないが、もう妻とは関係が破綻している。それにあの淫乱女は国会議員に頼みこまれて、渋々採用してやったんだ。資格も学歴もないヤンキーを雇ってやってるんだから、これも立派な社会貢献じゃないか。それにあのオンナ、俺のテクニックにヒイヒイ言うて悦んでたやないか」
必死の抵抗を試みたつもりだった。
「アンナさんも不倫関係に満足していたのならよかったんですけどね。じゃあ、神田さん、彼女がなぜ会社を突然辞めたかわかります?」
「ヤンキーの考えることなんかわかってたまるか。どうせ早起きするのがめんどくさ~いとか、ナメた理由なんやろ」
「じゃあ、アンナさんの行動や発言をもとにAIで解析してまとめた、彼女のウソ偽りのない心情をCG画像に語ってもらいます」
閻魔がクリックすると、モニターにアンナが映し出された。
「ああ、あのジジイ? 自分本位っていうの? 偉そうにしてるけど、エッチしても全然気持ちくないのよ。ご機嫌を取らないと面倒くさいから、いつも芝居をしてたけど、もう疲れちゃった。いつも反抗期のガキみたいで、人望がないしダメだね。だいたい、いまだにあたしの名前を覚えてなくて、『ちょっと、ねえちゃん』とか『おーい、おまえ』とか言って呼ぶんで、マジうぜぇっすよ。専務の田中さんのほうが気配りもできるし、仕事もできるし、オトコとしても断然魅力的なんだ」
「なんだ、あいつ、田中とも関係があったのか?」
CG画像のアンナは俺を気にせずひたすら話し続ける。
「あたしもこれまでヤンチャして、親に迷惑かけてきたし、今度こそはちゃんと働いて、親孝行もしたかったんだ。初めてのお給料で両親にご馳走したら、ファミレスで父ちゃんに泣かれちゃって、あのときは恥ずかしかったけど、でも、この会社でずっと頑張ろうって思ったのよ。だけど、あの社長の元じゃ、自分は名前も与えられず安い給料で都合よく飼われている社畜みたいな扱いだし、このままあの会社にいても成長することはないなーって思えてきて、そしたら出社するのがバカバカしくなっちゃったんっすよ。ほんと悔しいっすよ」
動画が終わり、閻魔が俺を睨みつけた。
「どうですか、神田さん。ずいぶん嫌われてますね。」
「やかましいんじゃ。あんないキンキラキンの長い長い爪してたら、電卓も叩かれへんやろが、そんなんで仕事ができるか」
「AIの調べでは、あなたはアンナさんや奥様とパパ活の女子学生に、この1年で計365回の不同意性交を行っています。ずいぶんお元気ですねぇ」
「不同意? 不同意ってなんだ?」
「相手が同意しない意志を形成、表明、又は全うすることが困難な状態にあることに乗じて、性行為に及んだ場合は、たとえ相手が奥様であっても不同意性交と判断されて減点の対象になります。不倫や不同意性交に関しては、人間界と同じように、去年から厳罰化されるようになったので、神田さんの場合だと、365回分の減点だけで地獄行きが確定ですよ」
「待て、誰もイヤだと言わんかったんやから、不同意とちゃうやろ。おーん? それに『イヤよイヤも好きのうち』って言うやないか。アンタかてかわいい顔してほんまは好きなんやろ? 金さんか銀さんか知らんけど、AIなんぞに人間さまの深い心情を理解できてたまるかい!」
「社長の神田さんが社員に対してしたことは、経済的社会的な優越的立場を利用して、相手が不利益を被ることが憂慮される状況で行われたことなので、AIはハラスメントだと判断しています。奥様に対しても神田さんは日常的に『誰が食わせてやってるんだ!』と、自分が経済的に優位な立場にあることを繰り返し発言して、奥様がイヤだと言えない心情にさせているとAIが評価しています。地獄に行ってからせいぜい反省してくださいね」「やかましい。立場がどうであれ、あいつらはイヤがってないやんけ。男女の関係にタブーはないんや。そうだ、パパ活の女子大生はどうだ? あいつらは学費や生活費に困っているんだ。それを余裕のある大人が助ける。これこそ立派な社会貢献やないか。利子付きの奨学金よりよっぽどあいつらの助けになってるやろ」
「そうかもしれませんね。でも、残念ながら、青少年に金品その他の財産的利益を供与して、わいせつな行為を行うことは犯罪で、神田さんは加害者とみなされるんです」
「くそっ。あいつら、覚えてろ。化けて出てやる」
「化けて出るなんてお門違いですよ。それに、残念ながらいったん審判が下って、地獄へ落ちたら、もう化けて出ることはできませんからね。しっかりおつとめを果たしてくださいね」
「黙れ、そんなの納得できるか!」
閻魔は俺の怒りを気にする様子もなく、パソコンを見ながら終始淡々と話す。
「ですから、神田さんは不同意性交だけでも十分地獄に落ちるだけの減点なんですよ。それに加えて、愛人になれと迫って断られた女性社員を社長秘書にして、さらにしつこく迫ったあげく、断られたらモラハラで追い詰めて会社を辞めさせたとか、不妊治療のため休暇を申請した男性社員に休暇を認めなかったあげく『お前の嫁さんを俺に貸してみろ。すぐに妊娠させてやる』と暴言を吐いたとか。女性社員に『お前は他に取り柄がないんやから尻ぐらい触らせろや。減るもんじゃなし』と、繰り返しセクハラ行為に及んだ。それに、若手社員をみんなが見ている前で罵倒したり、サービス残業を強制したり、取引先にムチャな値下げを強要したり、キックバックをもらってるのに所得をごまかして脱税したり、ああ、もうやりたい放題じゃないですか。人間界で見つからなくても、閻魔庁の金さんにはすべてお見通しなんですよ。若手社員の意見としては、神田さんが話しかけてくると私生活を詮索するようなことしか言わないのでマジうぜぇ、社長がどっぷり昭和すぎて草、加齢臭がキツすぎる、酔って絡むのがしつこすぎる、その他否定的な意見が山盛りですよ。社員で神田さんのことを肯定的に評価している人は皆無じゃないですか。これでは不同意性交がなかったとしても地獄行きは免れませんよ」
「や、やかましい。子どもの頃、おばあちゃんが、しょっちゅう『ウソをついたら閻魔さんに舌を抜かれるで』って言うてたんや。俺は舌を抜かれるのがイヤやから、ずっと正直に生きてきたんや。思ったことをそのまま口にしてるんや。全部ホンマのことやないか。なんでそれで閻魔さんに説教されなあかんねん。そ、それになあ、おばあちゃんは、『困っている人がおったら、見て見ぬふりをせんと助けてやれ。それが回り回って自分に帰ってくるんや』とも言うてたんや。金に困っている女子大生がいたから援助した。当然のことやないか。なんでそれで地獄へ落とされなあかんねん。せやろ? 正直者がバカを見る社会なんて間違うてるんじゃ」
アツくなって早口で話す俺を無視するように、閻魔はゆっくり淡々と話す。
「がちょーん! わかってないなぁ。だから、もう昭和が終わって35年も経つんですよ」
「おちょくってんのんか。俺らの世代は『がちょーん』なんて言わへんねん」
「じゃあ、『あっと驚くタメゴロー』ですか? 最近、神田さんのようにどっぷり昭和で、おやじギャグを連発するハラスメントおじいさんのお裁きが多いので、若い閻魔たちの間で流行ってるんですよ」
「そんなもん、どうでもいい。俺は社員とコミュニケーションを取ることで社内の風通しをよくしてきたんだ。我が社の忘年会は費用はすべて会社持ちにして、全員参加で賑やかにやってるんだ。こんな会社ほかにはないだろ。いいと思わないか」
「お金を払って参加して、そのぶん自分の言いたいことを言うのが健全な忘年会じゃないですか。会費はいらないからって強制動員されて、社長ばかりが言いたいことを言って、次の日に社長にお礼を言わないと、小言を言われるような宴会になんて、誰も行きたくないですよ。それに、費用は会社持ちとか言って、ほんとは取引先に払わせてるくせにー」
「うるさい。でも、全員参加で盛り上がっているやろ。すばらしいやないか」
「それは、欠席者のいる部の部長さんは神田さんに吊るしあげられて、不参加ひとりにつき五万円もボーナスが減額されるからじゃないですか。やむを得ない事情だってあるのに、そんなことされたら、欠席した本人も居心地が悪くなるでしょ。ほんとにひどい職場ですね。AIの評価では、神田さん以外の全社員がこんな忘年会はやめるべきだと思っているようですよ。あら、欠席者を偽装するために、バイトを雇って人数合わせをしている部長さんもいるみたいですよ。神田さん、社員全員とコミュニケーションを取るとか言ってるのに、社員じゃない人が混ざってても気が付かなかったんですか?」
「う~っ、ナメた真似しやがって」
閻魔が急に立ち上がったかと思うと、神田を睨みつけて、机を叩いた。
「おうおうおう、黙って聞いてりゃ言いたい放題抜かしやがって。そこまで言うなら、てめえがなんで死んだか教えてやらぁ」
「なんだ? 急に遠山の金さんになったのか?」
あっけにとられた俺を見て、閻魔が急に真顔になった。
「すみません、こんな風に言うようマニュアルに書いてあるんです」
「ん? いや、ちょっと待てよ。俺はなんで死んだんだ?」
「何? 覚えてねえのかい? この桜吹雪に見覚えがねえとは言わせねえぜ! モニターをよ~く見ておくんだな。」
今度は役員たちが会議室で話し合っている映像が映し出された。しかし俺は映っていない。俺抜きで何か企んでいるのか?
「もう行動に移すしかないですね」
取締役の山田の発言に、専務の田中が反応する。
「これだけ忠告しても、全く聞く耳を持たないんだから仕方ないな。社長は自業自得でいいとしても、社員や俺たちには迷惑以外の何ものでもないからな。あぁあ、起業した頃はあんなに楽しかったのに、こんなことになるとはな~」
山田も懐かしむような笑顔で反応する。
「懐かしいですね、社長と社長の奥さんと、私たちのたった四人で起業して、いきなりヒット商品を当てて、日曜日の夜遅くまでみんなで梱包して、そのあと飲みに行って、会社で夢を語りながら雑魚寝して、月曜の朝から営業に回ったりして、よく働きよく遊びましたね。今の若い奴らにもあんな気持ちを味わわせてやりたいんだけどねぇ」
「今だったら、過重労働で真っ先に訴えられちゃうよ。結果論だけど、起業してすぐにヒット商品を出したばっかりに、変に自信を持ったのがいけなかったな。絶対に自分を曲げないからな。目をつぶってバットを振ったらホームランになった子どもが偉そうにしてるようなもんだ。時代に合わせて考え方をアップデートできないような社長じゃ、もうゲームオーバーも近いな」
「せめて人の意見を素直に聞いてくれたらなぁ」
「そうだな。でも、もう戻れないんだから、やるしかないな。損な役回りだけど、社員やその家族を路頭に迷わせるわけにはいかないもんな」
メンバー全員が納得したようにうなずいているのが映し出される。
「なんだ、俺が悪いって言うのか? いったいどうしようっていうんだ」
「神田さん、まだ思い出せないの? はい、画面が切り替わりま~す。神田さん、もうすぐ死にますよ」
閻魔が楽しそうに言うと、画面が切り替わり、取締役会の様子が映し出された。突然、田中が手を挙げて「解職動議!」と叫んだ。そうだ、思い出したぞ。田中がわけのわからん解職理由を読み上げたかと思うと、あっという間に社長解任が決議された。しかも、よりによって反対者ゼロだ。そこで、俺が立ち上がり、「田中ぁぁぁ、この野郎! 誰がおまえをここまでしてやったと思ってるんだ~」と叫んだところで呂律が回らなくなり、俺が頭を抱えて床に倒れた。
「どうですか? 思い出しました? 神田さん、ぶざまですね」
モニターはまだ床に倒れた俺を映し出している。田中が「社長! いや、神田さん!」と俺の肩を揺すっている。
「脳血管が切れたようだな。血圧が高かったからな。どうするよ、これ?」
田中が俺を指さして言った。
「すぐに救急搬送すれば、助かる可能性もあるんじゃないか? いっそ、このまましばらく放っておいたらどうだ。発見が遅れたということにしておけば、あと腐れなく社長交代もできるし、奥さんも喜ぶんじゃないか? 1時間いや、余裕をみて2時間ほどしてから救急車を呼んだらどうだ」
いつも冷静な山田が落ち着き払って恐ろしいことを言っている。
「よし、じゃあ山田さん。その段取りで救急車の手配を頼む。他の皆さんもそういうことで、この部屋に誰も入らないように注意しといてくれ。いや、カギをかけといてくれるかな、神田さんが這い出してきたら面倒だし」
田中の依頼に山田が、
「おまかせください。新社長!」
と言って、敬礼した。それを見てほかのメンバーも笑っている。
「くっそ~! やつら、いつの間に仕組んでやがったぁ!」
俺が叫ぶと、
「すごい団結力ね。さすが、あなたご自慢の風通しのよい会社ですね。あっ、奥様は持ってた株を全部田中さんに売ったようですよ。ほら、モニターを見てください。神田さんの葬儀のあと、早速おふたりで貸切露天風呂でお楽しみのようですよ。なんだか奥様、若返ったんじゃないですか。あっ、それにあのパパ活の女子学生、神田さんは大学生だと思い込んでたようですけど、本当は未成年の高校生だったんですよ。神田さんが社長を解任されたあとで週刊誌に告発して、一気に社会から抹殺するダメ押しにしようと、田中さんがウラで仕組んでいたみたいですよ。いやぁ、田中さんって、ほんとにデキる人ですね。神田さん、さっさとこっちの世界に逃げて来て助かったんじゃないですか」
「くっそー。何が地獄行きだぁ~。な、なんで俺が!」
思いっきり机を叩き、イスを蹴り倒し、俺は激怒した。そして次の瞬間、再び激しい頭痛に見舞われ倒れた。
「う~、田中に仕返しをせずに死ねるか。田中にあわへろ・・・・・・」
すぐさま駆け寄ってきた閻魔が、そっと俺の頭を撫でた。たちまち痛みが引き、穏やかな気分になった。
「やんちゃだけど寝顔はかわいいのね」
と微笑んだ閻魔が俺の耳元で優しく言った。
「大丈夫ですよ、近いうちに地獄で田中さんに再会できますよ」
-完-