エルの日常
おらの名前はエル。エルといっても名探偵ではないし、気になる事もそんなにない、普通の、ちょっぴり不細工な女の子だべ。
瞳はくりくりで、一睨みで相手を威圧するような、凄みや怖さはなく、鼻はしゅっとしていて、理想のりんごっ鼻とは遠い見た目をしている。唇も薄く細く、蜂に刺されたような美しい腫れぼったさもない。頬は少し赤みを帯びていて、カサカサとひび割れてもいないし、黄金の髪は細く長くさらさらで、ごわごわとしたたわしのような猛々しさもない。
ちょつぴりと嘯いてみたものの、おらはやっぱり結構ヤバめの不細工だった。
でも、大丈夫。
おらにはおっとうが作った鎧があるべ。
この鎧さえ着てしまえば、不細工な顔も、細くしなやかで、弱々しい体も一切見られる事はない。
誰もが、立派な一人の兵士として迎え入れてくれるべさ。
12になったおらは、他の人達とは違い醜いという理由で中等部には進学できず、今日から国の兵士として働く事になっていた。
これしか道が無かったとはいえ、正直おら、働きたくねぇべ。
って事でおらは今、入団初日からサボタージュを決め込んでいた。
あらが今いるロストという国は、世界で最も西にある国であり、魔族との戦争に巻き込まれる心配もなければ、隣国からちょっかいを掛けられる心配もなかった。
つまりロストにいる兵士というのは、国民からの税金を貪り喰うだけの、穀潰し集団であり、初日からサボりを決め込むのは、穀潰し集団として正しい姿なんだべさ。
「今日の入団式、何人くると思う?」
「確か30人じゃなかったか?通達書にもそう書いてあった」
「馬鹿かお前馬鹿馬鹿。オレが言ってるのは何人真面目な馬鹿がいるかって話」
「それは、30人だろ。国を思って入団してくるわけだしな」
「流石は首席でスピーチまでこなした真面目馬鹿。じゃあオレは10人以外だ。近い方が今夜の飯驕りな」
「それは、賭け事をすると言う事か?兵士同士の賭け事は、国法三十六条…」
「馬鹿馬鹿。賭け事じゃねぇよ。国の事をどっちがより知っているかのチェックついでに、正しいチェックが出来た方には、褒美を取らせようってだけだ。それとも、賭けるか金?オレはどっちでも構わないぜ」
「金は賭けない。だが、食事の件は理解した。夕食が楽しみだ」
「はいはい」
きっちりとマニュアル通りに鎧を着こなした真面目な兵士と、ただ形だけ身に付けている不真面目な兵士が、入団式があるコロシアムに向かって歩いていく。
賭けをした手前なのか、真面目な兵士はともかくとして、不真面目な兵士も式には参加するようだった。
おっとう曰く、新人は鴨でよく食い物にされているらしいから、鴨を食べにいったのかもしれない。
鴨、鴨を兵士にするのは、緊急時の食糧にでもする為だべか?
そんな鴨を初日から食べるとは、うらやま、こほん。国の兵士は噂通り腐っているべ。許せねぇべ。
だからおらは、あめぇの隊に転属希望を出す事にするんだべ。
エルは心に強く決意をし、木陰の中で眠りに落ちた。
目覚めた時、なんもかんも忘れて家に帰ったエルは、夕飯の鴨鍋をつついている時も、昼間の兵士について思い出す事はなかった。
これは、エルが健忘症を患っているからではなく、身に付けた鎧の効果によって、男についての記憶が出来ないようになっているからだった。
「エルよ鴨鍋はうまいか?」
「うめぇべ」
「それは良かった」
すべては父親の歪んだ愛故にである。