4.期待外れと期待以上
「――――はぁ、なんというか、これは期待外れもいいところですね」
一般的な学校の倍の面積はあるであろうグラウンドで、地に伏すクラスメイト達を見下ろしながら思わずそんな言葉が漏れ出ます。
寶野宮教諭の独断で決められた私対クラスメイトの構図。
赤城くんや沖久保さんを始めとした数人は参加しなかったので全員という訳ではありませんが、それでも過半数のクラスメイト達が私を囲むような形で実技の授業という名の吊るし上げが始まりました。
まあ、とはいっても、普通の学生にとって人相手に魔法を躊躇いなく撃てる訳もないのであまり期待はできないと思っていたのですが……正直、それ以下でしたね。
授業が始まり、開始の合図が出たにもかかわらず、クラスメイト達は動きません。
それどころか、どうするどうするとざわざわし始める始末で授業にならなかったので、仕方なく私がみなさんを挑発する事でようやく攻撃してくる姿勢を見せました。
けれど、飛んできたのは何の工夫もない魔法での遠距離攻撃。使い慣れていないとはいえ、初日に赤城くんの魔法がかき消されたのを見ていたはずなのにどうして同じ轍を踏むのでしょう?
そう思いながら飛んできた魔法を全てかき消すと、いつかは通じると思ったのか、懲りずに何度も魔法を撃ち放ってくるだけ。
魔法だって無限に使えるわけではありません。よくある物語のように魔力なんて概念はありませんが、使えば使うほど精神を摩耗します。
だから何も考えずに使い続ければ気力が尽きてしまい、最終的に立つ事もままならない状態……倒れ伏している彼、彼女らのようになってしまうという訳ですね。
「まさか私が何かするよりも先に魔法の使い過ぎで戦闘不能とは……魔法を使い慣れていなければこんなものでしょうか――――どう思われます?先生」
「……さあ、どうでしょうね~使い慣れていないのは確かだと思いますけどぉ~……この惨状はどちらかと言えば~あれだけの魔法を全部かき消しちゃう姫ノ宮さんのせいじゃないですか~?」
「おや、分かっていてこの構図にした先生の責任だと思いますが……まあ、いいでしょう。それでどうします?このままでは授業になりませんよ」
あえて煽るように寶野宮教諭に問い返すと、彼女は一瞬、眉を動かしましたが、すぐに笑顔を貼りつけました。
「そうですね~まだ戦っていない子達もいますけど~貴方達に戦う気は――――」
「ねぇよ」
「ないわ」
赤城くんと沖久保さんを初めとして戦わなかったクラスメイト達は一様に首を振って寶野宮教諭の問いに答えます。
先日襲撃してきた沖久保さん達やクラスを掌握するために心を折った赤城くんはともかく、参加しなかった他の方は単純に戦いたくなかったのか、それとも他の理由があるのか、その辺りの事情は推測する事しかできませんが、そこまで踏み込むつもりは毛頭ありません。
私にとって重要なのは戦いを拒否したクラスメイトの中に彼……五療独歩くんがいたという事です。
「ん~流石にその気がない子たちに戦ってもらっても仕方ないですし~どうしましょう~……」
「先生、お困りのようでしたら私が戦う相手を指名してもよろしいでしょうか?」
「え~……それは構いませんけどぉ~相手にその気がないと~……」
「問題ありません。その気にさせるつもりですから……ねえ、五療独歩くん?」
笑顔を浮かべながら彼の方に視線を向けると、物凄く面倒くさそうな顔をしているのが見えます。
急に名指しで呼ばれたにもかかわらず、驚くでもなくその表情を浮かべているのは意外でしたが、この状況で彼がどう対応するのかは気になりますね。
「…………いや、普通に嫌ですけど」
「五療君はこう言っているけどぉ~?」
「ふふっ……口では嫌と言っていても、こうしたらどうでしょう――――」
嫌がる彼に向かって私の取った行動は単純明快。ただ走って距離を詰め、少しだけ加減を止めた拳を振り抜く……それだけです。
「っ……いきなり殴りかかってくるとか正気か?」
「そう言いながらもきちんと避けているではないですか。やはり私の目に狂いはなかったという訳ですね」
やる気のないのなら強制的に舞台に上げればいい。つまり、致命傷になるような攻撃を仕掛ければ、否が応でも彼は戦わざるを得ないという事です。
まあ、仮にそれでも応戦してこない場合はその気になるまで攻撃を続けるだけですが。
「……どういう神経してたら平然と人を殴り殺せるような攻撃ができるんだ?」
「おや、おかしな事を言いますね。仮に当たったとしてもこの程度で死にはしないでしょう?」
「…………おかしいのはお前の頭だろ。今さっきの一撃はどう見ても人を殺せる威力だったぞ」
顔を顰めながら私へ失礼な視線を向けてくる彼に対して二コリと笑顔を返しました。
「避けられるのなら問題はないと思いますが……ああ、もしかして女の子と触れ合うのが恥ずかしいお年頃ですか?」
「……素手で人を殺せる奴を女の子とは言わないだろ。恥ずかしいよりも恐怖しかねぇよ」
「あら、失礼ですね。こんなに可愛い女の子を捕まえて怖いだなんて、ねっ」
一歩踏み込み、今度は少し強めに裏拳を繰り出しますが、彼はそれさえも上手く受け流し、後退しながらこちらに胡乱な視線を向けてきます。
「……自分で言ってて恥ずかしくないか?それ」
「全て事実なのに恥ずかしがる必要があるんです?やはり美少女と触れ合えて嬉しいのを誤魔化しているのですね」
「…………頭がおかしい上に話も通じないのかよ。てか、俺に戦う気はないって――――」
なおも戦意はないと口にしようとする彼の言葉を遮るように掌底、突き上げ、打ち下ろしと畳みかけました。
しかし、その全てをかわし、受け流す五療くんに私の心は踊り、思わず手加減を緩めてしまいそうになります。
「――――ちょっと~これは魔法実技の授業なんですけど~?」
楽しくなってきたところで水を差すような声と共に視界から五療くんの姿が消え、気付けば私は彼と離れたところにいました。
「……なるほど、これも貴女の魔法ですか寶野宮先生?」
「そうですよ~姫ノ宮さん。別にぃ~戦うのは構いませんけど~ただ殴り合いをされても困ります~さっきも言った通り~これは魔法実技授業なんですからね~」
「…………というかそれ以前に俺は戦う気はないんですけど」
うふふ、ふふふと笑みを浮かべる私と寶野宮教諭を他所にげんなりした表情で抗議する五療くん。
彼にとっては残念かもしれませんが、せっかく楽しくなってきたのですからここで止めるつもりはありません。
――――キーンコーンカーンコーン――――
そう思っている最中、再度、私が仕掛けるよりも早く終了を告げるチャイムが鳴り響き、不完全燃焼のまま実技授業は終わりを迎えるのでした。




