8.五療独歩という怪物
そして放課後。私は学校内にある体育施設の一つを貸し切り、理由を付けて五療くんを呼び出しました。
「――――ふふ、よく呼び出しに応じてくれましたね五療くん。きてくれないものだとばかり思っていました」
向き合う相手……五療くんへそう言いながら笑顔を向けると、彼は気だるげな表情のまま眉根を寄せ、ため息を吐き、頭を掻いています。
「……そりゃこんなものを貰ったら誰だってくるだろ」
「ふふふ、そうですね。正直、私のような美少女からのお手紙ですから、無視はできないと思っていました」
今朝、沖久保さんから報告を受けた私はその後、文章をしたため、一通の手紙を五療くんの机へ仕込んだのです。
口ではああ言いましたが、私からの手紙と分かった時点で無視される可能性があるので内容を少し工夫しました。
その結果、五療くんはこうして呼び出しに応じてくれたのですから、ここまで私の思惑通りに進んでいるという事。
まあ、その代わり彼の不興を買ってしまったらしく、いつにも増して冷めた目を向けられていますが。
「ハッ、これがただの手紙なら俺は無視したよ。けど、そうした時点でお前は書いてある通りに行動するんだろ?なら嫌でも従うしかない……全く、随分と酷い脅迫もあったもんだな」
「おや、脅しだなんて人聞きの悪い。私はただ来てくれないと五療くんに無視をされて悲しいと思った気持ちを皆さんと共有してしまうかもと綴っただけですよ?」
「……そんな可愛らしい内容じゃなかっただろ。こなければある事ない事を吹聴して回るって書いてあったぞ」
「あら、そうでしたか?まあ、こうしてきてくれたのですから内容がどうであろうといいではありませんか」
不機嫌そうな五療くんに微笑みを返し、私は何の気なしにそのまま指を弾きます。その瞬間、この施設を囲むように半透明の幕が下りました。
「……これは一体何の真似だ?何を――――」
「ここには私と五療くんの二人だけ。今、この場で何が起きようと外には漏れません。ふふ、どうです?ドキドキしてきたでしょう?」
普通の人ならこんな状況に陥った時点でもっと取り乱すか、理解できずに唖然とするはずなのですが、五療くんは冷静に努めているように見えます。
「…………真面目に答える気はないみたいだな。まあ、普通に考えて周りに張られたのは魔法による結界みたいなものか。そこまでしてこの状況を作りたかった理由は魔法実技の続きでもやろうってか?」
「当たらずとも遠からず、とでも答えておきましょう。お察しの通り、私が望むのは貴方との戦いです。そして勝った暁には私のお願いを一つ聞いてもらいましょうか」
「……俺がそれに応じるとでも?」
「応じなければここから出られませんよ?ああ、もしかして私のこのまま二人きりで過ごしたいという事でしょうか?」
「…………頭がおかしいとは思ってたが、ここまでなのは予想外だ。どんだけ自分に自信があるんだよ」
私の言動に呆れたのか、大きな溜息を吐き、肩を落とす五療くん。自信も何も私が美少女なのは事実ですし、そう思う人が多いのも事実ですから。
「照れ隠しですか?ふふ、問答も悪くはないのですが、そろそろ本番を始めましょう、ね?」
「誰も応じるなんて……はぁ、言うだけ無駄か。ナルシストな上にバトルジャンキーとか、本当に面倒くさい……なら俺が勝ったらもう関わってくるなよ」
「約束しましょう。もしもこの勝負に負ければ私は貴方に関わりません。ですから貴方も約束を守ってくださいね」
「……分かってるよ……負けたら、なっ!」
元より立会人などいないこの勝負……始めの合図なんてあるわけもなく、言葉を言い終えるや否や、五療くんが大きく踏み出し、私の不意を突くように接近、そのまま勢いを殺す事なく拳を振り抜いてきます。
それは魔法実技での一戦で延々と受けに徹していた姿からは想像もつかない動きでした。
なるほど、先手必勝という訳ですか……なら、私はこう返すべきでしょうか。
迫る拳に手を添え、力の流れに逆らわず受け流し、勢いを利用して彼を投げ飛ばしました。
「後手必殺……と言いたいところですが、流石にあの程度で終わりではないでしょう?」
「ッ……!」
返答の代わりと言わんばかりに吹き飛ばされながらも空中で身を翻した五療くんは難なく着地し、体勢を立て直して再びこちらへ駆け出してきます。
……ふむ、あの身のこなしは一般的な高校生とはかけ離れていますね。あの動きが魔法なしで再現されているとすれば、やはり彼は私の睨んだ通り、規格外だという事でしょう。
クラスを掌握する上で障害となる捻くれた化け物に十分なりえるであろう彼をここで手に入れる事ができるのは僥倖という他ありません。
「先程、不意を突いた一撃をいなされたのをお忘れですか?いくら速かろうと、真正面からでは届きません――――」
そこまで口にしたその瞬間、私の視界が揺れ、一瞬、よろめいてしまいました。
魔法……いえ、これは震脚ですか。まさか施設丸ごと揺らして見せるとは……
踏み鳴らした振動で揺れを引き起こし、私の平衡感覚を乱した五療くんは深く腰を落として溜めを作ります。
「――――お前みたいな化け物に真正面から挑むわけないだろ。俺はただの高校生なんだからな」
微塵の容赦もなく振り抜かれた一撃。型は貫手、その勢いと鋭さから私の身体を容易に貫き、殺すのには十分な威力を秘めているでしょう。
まあ、それはこのまま私が為すがままだったら、の話ですが。
「…………全く、淑女の胸元に手を突っ込むなんて随分と乱暴ですね」
「なっ……!?」
完璧なタイミング、完全な不意を突いた筈の一撃が届いていないという事実に驚愕の声を漏らす五療くん。無理もありません。
今の一撃は間違いなく必殺と呼べるもの……単純な格闘戦であれば防ぐ事は叶わなかったでしょう。
ですが、私達には〝魔法〟という理知外の手段があります。
必殺の貫手を防いだのはこの施設を覆っているものと同質の障壁。物理的な干渉を防ぐそれと貫手の衝突は一瞬の燐光を放ち、五療くんを一方的に吹き飛ばしました。
「ここと外を遮断する障壁を張ったのが誰か、分からない貴方ではないでしょう?」
「っ……なるほど、それがお前の魔法って訳か。てっきり、取り巻きの誰かにやらせているのかと思ってたが、自分から種をバラして良かったのか?」
「ふふ、五療くんだから特別ですよ。それよりも、大丈夫ですか?その右手は」
軽口とは裏腹に五療くんは手を押さえながら脂汗を滲ませています。それもそのはず、貫手を放った彼の右手は障壁との衝突によって折れ曲がり、紫に変色し、腫れ上がっていたのですから。
「……心配される筋合いはねぇよ。それとも同情して負けを認めてくれるのか?」
「まさか、これからが本番でしょう?もっとも、五療くんが降参するというのなら私も引き下がりますよ。名残惜しくはありますが」
「…………ハッ、冗談だろ。この程度の怪我で降参するくらいなら初めから戦ってない……続行だ」
言い終えると同時に動き出した五療くんは私の周りをぐるぐると走り回り始めます。おそらく速度で攪乱し、攻撃のタイミングを悟らせない事で障壁を掻い潜るつもりでしょう。
「これを前にしてまだ向かってくる気概があるとは……期待以上ですね。ですが、それでは突破できませんよ」
いくら隙を突こうとしても、私の反応速度を掻い潜るのは至難の業……それにこの障壁には特に制限がなく、常時展開する事も可能な優れものです。
つまり、物理的な突破は二重の意味で不可能。まあ、化け物染みた膂力でもあれば別ですが、今、その可能性を考えても仕方ありません。
私は五療くんの狙いに乗った振りをすべく、わざと隙を作り攻撃を誘いました。
「ッ……!」
案の定、私の僅かな隙を逃さず、仕掛けてきた五療くんは狙い通り、一見、無防備に見える箇所へ蹴りを繰り出そうとしています。
向かってくる蹴りの速度からして障壁に阻まれた瞬間、骨折とまではいかないまでも、罅くらいは入るでしょう。
「……ふふ、それでは機動力を削がせてもらいましょうか」
意図した通りの状況を前に笑みを浮かべた私へ五療くんのどこか冷めたような視線が向けられました。
まさか……私の狙いに乗った振りを…………?
洞察力と観察眼が優れているとは思っていましたが、こうも狙いを見透かされるのは完全に予想外です。
「――――じゃあな化物。これで終わりだ」
瞬間、障壁で守られている筈の私へ五療くんの鋭い蹴りが突き刺さり、そのまま勢いよく吹き飛ばされてしまうのでした。




