出会い2
――また僕は、大学の近くの交差点で、信号待ちをしている。
それはとても暑い日で、同じく信号待ちをしている人が差している日傘を見て、そうだ、自分も日傘を買ったじゃないかと、リュックの中からまだ使い慣れないそれを取り出そうとしていた。
不意に強い風が吹く。
その風圧に思わず目を瞑り、もう一度目を開けた僕の視界の片隅に、ひらりと舞うベージュ色っぽい何かが見えた。
「あっ」
小さく響く女性の驚いたような声。
「ありがとうございます」
「あ、いえ、どういたしまして……」
僕が拾い差し出した麦わら帽子を受け取って、そっと被り直した小柄な彼女は、僕に満面の笑みを向けた――。
なぜだ。
僕と彼女は、こんな出会い方をしていない。
さっきの出会いがこんなふうだったらよかったのにと、そういう僕の希望が捏造した新たな夢なのだろうか。
目が覚めたら、そこに彼女がいた。
「あ、よかった。気がつきました……?」
薬臭い白っぽい部屋で、僕は左手に点滴のチューブが繋げられてどうやら爆睡していたらしい。
「ええと、あの……?」
四人部屋の病室の大きな窓と、僕の眠るベッドの間の狭いスペースで、小さな体をさらに縮こめるようにしてパイプ椅子に座っていた彼女は、慌てながらも遠慮がちに腰を上げてこちらを覗き込んでいる。
サラサラの髪が肩口からこぼれて、シャツワンピースの胸元にうっすらと影を作った。
「わたしのせいで、本当にごめんなさい」
あのあと、熱中症であなた倒れちゃって。ここ、病院です。
そう続けた彼女の声は、まだ半分眠ったままのような状態の僕の耳には、水の中にいるかのように音がくぐもって聞こえた。
「ねっちゅう……しょ…」
どのくらいの間寝ていたのかわからないが、掠れた声を絞り出せば、彼女は「あ、お水入ります? 違う、まずは看護師さん呼ばなきゃなのかな?」と、焦ったように椅子から立ちあがろうとしていて。
その動きを見ていたら、絞り出したばかりの声の後を追いかけるように、僕の中から込み上げてきた、何かが、
やばい。
吐く。
「わっ!」
彼女の小さな叫び声とともに、咄嗟に目の前に差し出された、小さな銀色のトレイに、水っぽい吐瀉物を思いきりぶち撒けた。そうだ、今日は暑さのせいで朝から水ぐらいしかまともにとっていなかった。固形物というかちゃんとした栄養をとっていなかったから熱中症になりやすかったのかもしれないが、いやそれでも固形物をとっていなくてよかったと、トレイに突っ伏しそうになりながら僕は思った。
よかった、間に合った……と安堵したような声を上げる、初対面の女性(しかも好みのタイプ)の顔を、この状態で見上げることができる猛者がいたら、僕はお目にかかりたい。