復讐者の協力者
北大阪府心斎橋の国営ギャンブル競馬の馬券売り場近くの廃ビルの元喫茶店の一室に向かって、金髪ボブヘアーのブレザー服姿の女子高生が階段を上っていく。
18歳のその少女は、にんまりと銀色に光る歯の矯正器具が見える笑顔で、カランカランと音を立て、扉を開き、元喫茶店の一室の中へと
「おじさん、元気ぃ〜?」
と入って行った。
室内には、サラリーマン風のスーツ姿の痩せ型の中年男性しかいない。
復讐者・蝉川秀一である。
蝉川秀一は、部屋の角で喫茶店に使われていたアンティークな木製の机を前にし、アンティークな木製の椅子にぐったりと腰を曲げ、座っていた。
両の手は、包帯で素人然とぐるぐると巻かれていて、痛々しい。
本人がはっきりと言ったわけではないが、無慈悲の魔法少女ピクシーブロックとの戦闘で肋骨や手の指など全身のあちこちを骨折しているのは、あきらかだった。
蝉川秀一は、金髪ボブヘアーの女子高生に
「問題ない」
と答えた。元気だ、ではなく、問題ない、と――。
「そう」と言って、金髪ボブヘアーの女子高生は、コンビニで買ったパックの牛乳とジューシーハムサンドの入ったポリ袋を投げた。
蝉川秀一は、それを地面に落とすことなく、包帯をぐるぐると巻いた片手で受け取ると、無造作にサンドッチのパックを開け、野性的に頬張った。
パックの牛乳をジュージューと音を立て、飲む。
金髪ボブヘアーの女子高生は、その様子を愛犬を眺めるような目で見て、蝉川に近づく。
「おじさん、今日、新大阪都庁にピクシーブロック達の死体が無事、届いたみたいだよ」
金髪ボブヘアーの女子高生は、愉快そうに言ったが、蝉川は、「そうか」とまるで関心が無さそうだった。
「おじさんが、魔法少女と戦って上手く気を引いている間に、私が隙だらけの魔法少女の後ろに近づき、違法改造したスタンガンをくらわす。私の作戦、上手くいったっしょ♪」
「毎回、あのやり方で仕留めるのか?」
「何、不満そうにしてるの?おじさん」
「いや、別にいいんだが、これは、私の復讐だから、私だけが手を下すべきかと……思ってな」
「トドメは、おじさんが刺したんだから、いいじゃん。それとも、何?全部、自分でやらなきゃ、復讐した気になんないとか?そうしないと娘がうかばれないとか思ってる?」
「いや……」
と蝉川は、言い淀む。
「あのね、おじさん。私達みたいなパンピーが、百戦錬磨の魔法少女を殺すには、ああいう方法を使うしかないの。卑怯だとか姑息だとか言ってたら、できる復讐もできなくなっちゃうでしょ?これからは、ああいうまだ魔法を所持してる魔法少女を中心に相手しなくちゃなんないだからさ」
「わかってる……」
「わかってないよ。私達がやってるのは、魔法少女に対する戦争なんだからさ。そういう甘さとか道徳心とか倫理観とか変なプライドとか満足感とか全部、捨てないと。目的の為に全てを捧げないとさ。今まで訓練とか準備してきたことが全て無駄になっちゃうよ」
「君は、なんで、そこまで私の復讐に協力的なんだ?」
「なに言ってるの、おじさん。マナちゃんは、私にとっても、友だちだったんだから、当たり前でしょ。あんないい子、殺した奴ら、絶対に許せないよ」
「マナの為か……ありがとう。そこまで娘のことを想ってくれて……」
一年前の蝉川愛子の葬式で金髪ボブヘアーの女子高生・加鳥花子は、蝉川秀一にこう言った。
「おじさん、マナちゃんの仇の魔法少女達に復讐したくなったら、いつでも私に言ってね。私、手伝うからさ」
と――。
蝉川秀一の頭に魔法少女に対する復讐というワードが刷り込まれたのは、その時からだった。
そう、蝉川秀一の復讐の火種をつけたのは、この加鳥花子に他ならなかった。
自らの復讐の協力と娘への想いに感謝を伝える蝉川秀一を見ながら、加鳥花子は、蝉川秀一に聞こえないボリュームの声で
「ごめんね、おじさん」
と言った。その真意を蝉川秀一は、知らない。