最後の敵 ピクシースパイス
時間は、戻って、
半年前――、
西側が全焼したフゴウコーポレーション本社社屋前で頭部だけとなったフゴウ・タカラに向けた怒りと憎悪、今や自分の敵となったかのような世界の仕打ちに対する憤り、正義の味方という枠で自分を雁字搦めにしたうえ、存在を否定するかのような運命の動きに対する絶望に心を支配されたピクシースパイスは、マジカル テラ・アトミック アルティメット・スパイスストリングスを発動させた。
「みんな、みんな、消えて失くなっちゃえ!!!」
ピアノ線の何千倍も強固な魔法障壁を凝縮させて、高密度にしたピンクの糸は、網目状に幾つも重なり、ピクシースパイスを中心として、ドーム型に広がり、北大阪府シティ中を飲み込むはずだった。
しかし、その網目状のピンクの糸に向かって、全く同一の網目状のピンクの糸が上からぴったりと重なり合うように包み込み、衝突。魔法障壁を凝縮して作った網目状のピンクの糸と網目状のピンクの糸は、対消滅して、どちらも世界から失くなった。
発狂に近い、精神状態だったピクシースパイスは、我に返り、辺りを見渡す。自分にいったい、何が起きたかわからない。
私は、今、世界を滅ぼすつもりで魔法を発動させたはずなのに――。
目の前の頭部だけのフゴウ・タカラは、ひくひくとひくつき、白目を剥き、気絶している。
そこにドチュンッ!!ドチュンッ!!と聞いたことのない銃声が響く。
ピクシースパイスは、警戒して、魔法障壁を展開させるも、ナパーム弾が着弾したのは、彼女ではなく、
「うげぇえええっ!!!」
気絶していた地面のフゴウ・タカラだった。
彼は、気絶から熱さと痛みで無理矢理、起こされ、悶え苦しみながら、ジュ~ジュ~と音を立てながら、溶けて消えた。
フゴウ・タカラの魔人細胞は、一粒も残らず、ケロイド状の黒ずみの液溜まりとなって、大地に吸われ、焦げ跡をつけて、ぶくぶくぶくと音を立てて、消えていく。
ピクシースパイスが銃弾が射出された方を見ると、そこには、片手撃ち式変体型ガトリング砲・パイオIID改ニュータイプを構えた童貞3号とピンクダイヤモンドのナノテク戦闘スーツ・ダイヤモンドダストMk88を装着し、顔を出した弥馬田グフ子と――、
ピクシースパイスと全く同一の姿をしたピクシースパイスが立っていた。
「何?これは?魔法?」
ピクシースパイスは、まず、魔法による幻覚を疑った。
しかし、幻覚魔法を使うピクシーミラージュは、すでに存命ではない。
では、目の前にいるコイツは、誰だ?
ピクシースパイスは、ピクシースパイスと睨み合った。
「私達は、未来から君を止めに来たんだ」
と童貞3号――。
「私は、あなたが壊した未来を見てきたの」
と言うピクシースパイスの前に立つピクシースパイスは、ピクシースパイスが暴走する前のピクシースパイス。
童貞3号と弥馬田グフ子がさらに過去から連れて来た世界と運命を呪う前のピクシースパイスだった。
ピクシースパイスは、突如、現れた三人に自身の理解が及ぶ前に攻撃した。
マジカル テラ・アトミック スパイスストリングスの縮小版、スパイスストリングスが童貞3号達三人を襲う。
それを童貞3号側のピクシースパイスが同じくスパイスストリングスを発動させ、相殺させる。
「本当に……私なの?」
ピクシースパイスは、自身しか使える者がいないスパイスストリングスを目の前の自分と同一の姿の者が平然と使うので、認めるしかなかった。
こいつは、私だ。と――。
「これ以上、暴れるのは、やめて!フゴウ・タカラは、もう死んだ!関係ない人達まで巻き込んで、殺戮する事に何の意味があるの!?」
過去から来たピクシースパイスは、暴走するピクシースパイスに向かって、叫ぶ。
「黙れ!!お前には、これが見えないのか!!」
ピクシースパイスは、目の前の倒れている、いや、死んでいる母親 古生白子を差した。
「私は、ずっと正義の為に戦ってきた!!それに対する世界の仕打ちがこれだ!!お前は、許せるのか!?本当に私なら、私の気持ちがわかるだろうが!!」
「大丈夫。お母さんなら、童貞3号さん達が時空間移動装置を使って、殺される前に戻って、救ってくれる。ねぇ、そうでしょ?童貞さん?」
「ああ」童貞3号達は、過去のピクシースパイスに嘘を言って、暴走するピクシースパイスを止めるように、連れて来ていた。
ピクシースパイスを止められるのは、ピクシースパイスしかいないからだ。
「黙れ!!急に現れて、わけのわからない事をほざくな!!お前達のことなんて、信用できるか!!」
ピクシースパイスは、怒り狂い、スパイスストリングスを童貞3号達三人に乱れ撃った。
それを冷静な童貞3号側のピクシースパイスが同じく、スパイスストリングスで撃ち落とす。
「このまま、撃ち合いを続けさせれば、途中までとはいえ、マジカル テラ・アトミック アルティメット・スパイスストリングスを使ったスパイスちゃんは、消費期限切れで魔法が使えなくなるわん。このIQ2京38兆$のアチシの作戦通りだねん」
と弥馬田グフ子は、童貞3号に耳打ちする。
「ああ、それは、過去から連れて来たピクシースパイスも同じだ。両方、魔法が使えなくなれば、我々の脅威ではなくなる」
童貞3号達は、ピクシースパイス同士の戦いを見守った。
激しいスパイスストリングスの撃ち合い。
同じピクシースパイス同士なので、全くの互角ですぐに互いの消耗戦になる。
このまま、時間が過ぎれば、弥馬田グフ子が立てた作戦通り、ピクシースパイス二人は、魔法少女としての消費期限が来て、戦えなくなり、ただの18歳の少女と化す。はずだった。
ピクシースパイス同士の戦いの均衡を破ったのは、怒り狂っているピクシースパイスの方だった。
彼女は、自身と同じ能力を持つもう一人の自分に勝つ為、アドリブで今まで発動した事の無い魔法を使用した。
自身の体を魔法障壁をスパイスストリングス並に高圧縮した膜で覆い、童貞3号側のピクシースパイスに組みついた。
白兵戦に持ち込もうとしたのだ。
咄嗟のことで、そんな発想のなかった過去から来たピクシースパイスは、ピクシースパイスに簡単に押し倒され、マウントポジションを取られてしまう。
それに一番に慌てたのは、童貞3号だった。
「まずい!インフュージョンが起きてしまう!!」
通常、同じ時間と場所に同じ人間が二人居ては、いけない。
その為、作為的にタイムトラベルか何かで同じ人間同士が同じ場所で触れ合うと、インフュージョンという現象を起こし、肉体が一つとなり、人格と記憶が統合され、一人の人間となる。
それが神が作ったルール。この世の絶対の法則だった。
その事を童貞3号は、うっかり失念していたのだ。
「ああああっ!!」「ああああっ!!」
ピクシースパイス二人は、苦しそうな叫び声を上げて、着信した携帯のような細かなバイブレーションを起こし、激しい光の点滅を繰り返し、重なり合う。
バイブレーションと光の点滅が治まった時、そこにいたのは、たった一人の魔法少女ピクシースパイスだった。
「どっちの人格が勝ったんだ?」
童貞3号は、目の前にいるピクシースパイスが敵か味方かわからず、不安を滲ませた。
「さぁ、戦いは、終わった。約束通り、私のお母さんを時間旅行して、助けてもらうわよ。童貞さん」
記憶が統合されたピクシースパイスの表情には、未だ怒りと憎悪が残っていた。彼女は、今、それを必死にひた隠し、なるべく落ち着き払った口調を使った。
死んだ母が戻るなら、と我慢しているのだ。
「それは、できない」
「どうゆうこと?」
ピクシースパイスは、童貞3号の言葉に反応して、童貞3号と弥馬田グフ子の周りを四方八方、魔法障壁で取り囲んだ。そして、その魔法障壁でできたボックスのサイズを小さくしていき、いつもの手順で童貞3号達を平然と圧迫した。
童貞3号は、できるだけ冷静に努めようとした。
「私達は、未来である凶悪な敵と戦い、勝利した。あなたの母親を助けてしまうとその未来と歴史がズレて、私達の勝利がなかった事になるかもしれない。そうなると、全ての次元と世界線に危険が及ぶ。いや、全ての次元と世界線が終わると断言できる。わかってくれ。これは、やむを得ない事なんだ」
なるべく丁寧に話し、わかってもらおうとしたが、童貞3号を囲む魔法障壁は、さらに迫り、童貞3号をより圧迫した。
「騙したのか?」
ピクシースパイスの声は、震えていた。
恐怖しているのでもなく、泣いているのでもない。
怒りに打ち震えていた。
「我々の勝利は、無限にあるパターンの中から唯一、全ての次元と世界線を救う奇跡だった。それをゼロからやり直すことは、できない。わかってくれ。未来の為、全ての世界線の為なんだ」
童貞3号は、自らの命は、惜しくなかったが、必死だった。ここで自分がピクシースパイスを説得できなければ、全ての次元と世界線が終わってしまう。
「騙したのかと訊いてるんだ!!」
迫る魔法障壁に童貞3号の全身の骨がカチカチと砕けた。圧迫され過ぎて、呻き声一つ上手く上げられない。
それでも、童貞3号がギリギリ死なないように、ピクシースパイスは、加減していた。
童貞3号を失えば、タイムトラベルの手段を失う。
そうなれば、母も救えなくなる。
「あんたらがどんな敵と戦ったのか、知らないけど、そんな敵、私が倒してやるわよ。だから、いいでしょ?お母さんを生き返らせてよ!!」
「君だけでは、無理だ。奴を倒せない」
童貞3号は、嘘を言わなかった。ここで折れて、一旦、ピクシースパイスの母を救ってしまえば、歴史が変わることは、確かだったし、ピクシースパイスだけで、あのヴィランに勝てるとは、到底、思えなかった。
「そんなのやってみないとわかんないでしょ!!」
ピクシースパイスは、怒りを超えて、勝手に涙が溢れて来ていた。
どうして、こんなにも上手くいかない。どうして、私は、お母さん一人、救えないの。
ピクシースパイスが童貞3号に注力し、涙で視界が滲む瞬間を弥馬田グフ子は、逃さなかった。
童貞3号と比べ、弥馬田グフ子は、魔法少女課の仲間だからか圧迫が甘かった。
なので、魔法障壁にダイヤモンドダストMk88の右手パーツの手の平をしっかりと付けるだけのスペースがあった。
右手パーツには、共振発生発射装置が付けられており、魔法少女ピクシーミュージックの能力をコピーした集音凝縮発射装置をコンパクト化したものも強化部品として、組み込まれていた。
ありとあらゆる物体を共振現象を利用した振動攻撃で破壊してしまう桐山美獣の能力をピクシーミュージックの能力で振動の音量を増大させ、最大値化して、さらなる破壊力を生み出すというフゴウコーポレーションの化学力の推意を結集した兵器を弥馬田グフ子は、自らが抜群だと思ったタイミングで発動させた。
フゴウ・タカラは、結局、スパイスちゃんを倒せなかったけど、それは、ぶっちゃけ、この半年後に開発されたダイヤモンドダストMk88がなかったからよん
実のところ、弥馬田グフ子が言っていたピクシースパイスを倒せる唯一の人物は、ピクシースパイス自身ではなく、ダイヤモンドダストMk88を装着した自分の事だった。
だが、弥馬田グフ子は、基本的にピクシースパイスを傷つけたくなかった為、今までおとなしく様子を窺っていたのだ。
最大値化された共振攻撃は、いとも簡単にピクシースパイスの強固な魔法障壁を粉々にし、音の波となって、ピクシースパイスに襲いかかる。
しかし、涙で視界が滲んでいるはずのピクシースパイスは、死ぬほど冷静だった。度重なる戦いと精神的ストレスが彼女を鋭敏に最大値まで成長させていた。
幾層にも中身に魔法障壁が詰まった強化魔法障壁が一枚、二枚、三枚と次々と音の波に衝突していく。
音の波は、衝突する度、その威力を半減させていった。
九枚、十枚と強化魔法障壁を破壊し終わった音の波がピクシースパイスに到達した時、それは、ただのそよ風となり、ピクシースパイスの髪を揺らすだけで終わった。
ピクシースパイスに敵として感知された弥馬田グフ子に容赦なく、スパイスストリングスが襲いかかる。ダイヤモンドダストMk88は、粉微塵になるまで細かく切断されて消え、真っ裸になった弥馬田グフ子は、足の腱と腕の腱を切られて、戦闘不能にされた。
「いやん」と言って、弥馬田グフ子は、その場にうつ伏せに倒れ、プリティなオケツを晒して、動かなくなる。
その頃には、すでにピクシースパイスは、童貞3号を一旦、殺してから、時空間移動装置なるものを探そうか、という事まで検討していた。
だからか、魔法障壁で童貞3号を掌握し、弥馬田グフ子を無力化したピクシースパイスは、無防備だった。
黒く焦げた魔法石でコーティングされた12本の触手が忍び寄り、ぐわしっと力強く彼女の全身を握り締める。
「話は、だいたい聞かせてもらったぞ。スパイス、その黒ヘルのおっさんを解放するんだ。未来にとんでもない敵がやってくるんだろ?俺たちの今やるべき事は、その敵について、そのおっさんから、よく聞き出すことだ」
ピクシースパイスを拘束したのは、クラーケンマン時東誠人だった。
ヘルエクストラに魔法石化されたおかげで、ヘルブルーファイアのマジカル テラ・アトミック ヘルブルーフレアから生き残り、ヘルエクストラが死亡したおかげで全身の石化の浸蝕が治まった時東誠人は、徐々に動けるようになり、今は、彼の中の魔人細胞が魔法石に適応し、自らの能力として作り変えていた。
「離せ!時東!!私がお母さんを助けるのを邪魔する気か!!」
ピクシースパイスは、ジタバタともがいたが、彼女の身体能力では魔法石化したイカの魔人の触手による拘束は、解けない。
「スパイス。気持ちはわかるが、君のお母さん一人の為に人類全員を犠牲にする気か?世界線が滅亡するって言ってるんだぜ?本当だったら、大変だろ?話だけでも、一旦、聞こうぜ」
時東誠人は、ピクシースパイスを触手で拘束したまま、説得しようとしたが、上手くいかない。
「黙れ!!このブレイブハートに操られた正義狂人が!!」
「ブレイブハート?なんだそりゃ?」
時東誠人は、ピクシースパイスの言っている意味がわからなかった。彼女とフゴウ・タカラとの会話は、聞いていなかったのだ。
時東誠人が戸惑っている間にピクシースパイスは、容赦なく、スパイスストリングスを発動させた。
時東誠人の12本の触手は、魔法石化してるにも関わらず、サラミのようにスライスされ、バラバラになった。
「これぐらいじゃ死なないでしょ」
と言って、ピクシースパイスは、時東誠人の腕を足を胴をスパイスストリングスでバラバラにした。
「ふがっ」
頭部だけになった時東誠人は、上手く呼吸できなくなったが、魔人細胞のおかげで、それでも死ななかった。
「さぁ」
とピクシースパイスは、童貞3号の方に向き直ろうとした。
しかし、そこに立っていた人物を見て、ピクシースパイスは、一瞬、呼吸が止まる。
「…………っ!!お母さん!!」
そこには、彼女の母、古生白子が立っていた。
ピクシースパイスは、母の死体があった方を見る。
母の死体は、変わらず、そこにあった。
では、この目の前に立つ古生白子は、何か?
夢か幻か、それとも、まさか、幽霊?
母の魂が姿を現したというのか?
「お母さん、待ってて。すぐに生き返らせてあげるから」
とピクシースパイスは、言うものの、どうしていいかわからない。
まさか、母の前で童貞3号を拷問にかけ、無理矢理、時空間移動装置の使い方を聞き出すわけには、いかない。
目の前の古生白子は、悲しげに首を横に振った。
「何?お母さん、どういう意味?喋ってよ。それじゃ、わからないよ。なんで、首を振るの?何がいけないの?まさか、自分を生き返らさなくていいって、言うの?」
古生白子は、力強く頷く。
「なんで?なんでなの?どうして、生き返りたくないの?まさか、未来の敵とかいうのを倒す為、自分が犠牲になるとでも、言うの?」
古生白子は、もう一度、頷く。
「どうして?私は、もっとお母さんに生きていて、ほしいのに……。私、まだ、お母さんに何もしてあげられてないよ。もっと、話して、もっとちゃんと色々してあげれば、よかった」
ピクシースパイスは、子どものように泣きじゃくり始める。
「ねぇ、お母さん。私、どうすればいい?私、もう、戦いたくないの。未来の敵なんて、どうでもいい。私、もう、誰も殺したくないよ。どうすればいい?ねぇ、答えてよ」
古生白子は、黙って、手を上げ、南を指差した。
その方向を見て、ピクシースパイスは、
「南大阪自治区?」
とつぶやき、
「私へ南大阪自治区に行けって言うの?」
と目の前の古生白子に訊ねた。
古生白子は、笑顔で頷いた。
「わかった。そこに私のやるべき事が何か、あるのね」
古生白子は、フェードアウトするようにゆっくりとその姿を薄くしていき、消えた。
「おし!」
と泣き終わったピクシースパイスは、鼻水を拭き、飛行魔法で南大阪自治区へと飛び立った。
童貞3号を閉じ込めていた魔法障壁は、ピクシースパイスの姿が遠ざかると共に消失した。
全身の骨がバキバキに折れてる童貞3号は、痛みに耐えながら、未だ頭部だけの状態の時東誠人に近づいていく。
「今のは、あんたの能力か?」
「たいしたアドリブだろ?ピクシーミラージュの能力さ。初めて、使ったけど、上手くいったぜ」
頭部だけの時東誠人は、ひくっひくっと呼吸を苦しそうにしながら、ウインクした。
「で、全ての世界線を危険に晒す敵って、どんな奴なんだよ?」
童貞3号は、間を置き、
「あんただよ」
と答えた。
「へ?」と時東誠人は、間抜け面になる。
「私達が未来で戦うのは、別世界線の別パターンのあんただ」
言って、童貞3号は、パイオIID改ニュータイプの銃口を時東誠人の顔面に向けた。
「悪いが、あんたには、時が来るまで、眠っていてもらう」
銃口が火を吹き、催眠ガス弾が炸裂する。
時東誠人は、わけがわからぬまま、深い眠りに落ちた。




