ブルーファイアの過去
私の姉、藍井エマは、家族の自慢だった。
勉強ができる、スポーツができるだけではなく、市の学童の美術コンクールで、美術教室に通ってるわけでもないのに、入賞する程、才気に溢れ、品行方正で友だち付き合いも良く、人徳というものがある根っからの優等生だった。
姉といると、なんだか私たち家族も襟を正さなくてはいけないような気がしてくる周りの人を善玉に変える力のある人だった。
まだ小学生の頃、私は姉の将来の夢を訊いたことがあった。姉は、医者になるのと答えた。
「お医者さんになって、たくさんの人を救いたいの」
当時の私は、姉らしい夢だと思った。姉ならなれるとも思った。
ただ不安に思ったのは、私たちの家庭は、貧乏ではなかったが、裕福でもなかった。極一般の中流家庭だった。
私の家に姉を医大に行かせるだけの余裕は、あるのか?
洞察力にも優れている姉は、幼い私の不安をすぐに見抜いたようで、学費は、全て奨学金で賄うと言った。両親に負担をかけないように、国立を受けるとも。
幼い私は、姉の言ったことが、全ては、理解できなかったが、姉が大丈夫と言うのだから、大丈夫なのだろうと心から安心したことを今でも覚えている。
そんな姉の転機は、姉が中学三年生になった時だった。
黒服スーツに眼鏡姿の国のお役人が三人、私たちの家にやって来て、姉に言った。
「藍井エマさん、この度、国の全国児童健康診断であなたに魔法少女因子が発現している事が、わかりました。どうか、魔法少女適性試験を受け、魔法少女になっては、頂けませんか?」
国のお役人が、わざわざ我が家にやって来て、そう説得してくるのに、私たち親子は、最初、ただただ驚いた。
しかし、母がすぐに正気になり、
「この子に魔人と戦えということですか?」
と言った。役人は、一瞬、気まずそうに黙った。
母は、そのタイミングを逃さなかった。
「ふざけるなっ!!この子に死んで来いというんですか!そんなの許せるわけがないでしょう!!」
役人は、三人とも母の剣幕に身を縮こませたが、母の怒りもいつまでもいつまでも続くわけではない。
母が罵声を浴びせるだけ、浴びせ終わったタイミングを狙って、役人の一人が、
「我々も断腸の思いなのです。今いる魔法少女が来年、全員、魔法少女としての力を失うという化学分析班から報告がなければ、我々もこんなお願いをしに、やっては来ていません。まだ子供と言える年齢の女性に戦えなどと……」
と申し訳なそうに言う。
「だったら、!!」
とさらに母が声を上げようとする中、
「ちょっと待ってください」
と姉が役人に向け、
「今いる魔法少女が力を失うとは、どういうことですか?」
と訊いた。
役人は、
「これは、一般には、まだ公開されていない極秘情報ですが、魔法少女因子は、18歳から19歳の間に、どの女性からも例外なく、自然に消滅する事が、化学的にわかったのです……」
と打ち明けた。
それが、とんでもない事だという事は、子供の私にも理解できた。
姉がごくりと隣で喉を鳴らす音が聞こえた気がした。
母も血の気を失い、言葉を失っていた。
沈黙を打ち破るように姉が言った。
「今いる魔法少女が全員、いなくなったら、誰がこれから魔人達と戦うんですか?」
姉は、その時点で覚悟のある顔つきになっていた。
私は、とても嫌な予感がした。
役人達は、姉の言葉に渡りに船というわかりやすい明るい表情になる。
「だから、新しい魔法少女が必要なのです!!もちろん、今いる魔法少女達の能力がなくなる前に我々は、大魔人会との最終決戦を計画しておりますが、それでも魔人達を仕留め損なった場合の対策が必要です……」
役人は、表向き申し訳ないテイを装ったが、どういう姉の返事を期待してるかは、丸わかりだった。
姉は、人から期待されれば、かならず応えてしまう性分だ。
「私が魔法少女になれば、多くの人が救われるんですか?」
「エマちゃん!バカな考えは、やめて!!」
母は、ほとんど悲鳴のように言った。
その時、父は、仕事でいなかった。姉を止めれるとしたら、母しかいなかった。
子供の私は、ただ決意を固めた姉と大人達に対して、怯えていた。
姉は、結局、母の制止を振り切り、魔法少女適性試験を受ける願書にサインした。
私は、姉に医者になる夢は、どうするの?と訊いた。
姉のエマは、嘘だと思う程の明るい表情で
「医者になれる人は、私の他にたくさんいるけど、魔法少女になれる人は、そういない。私は、私にしかできない事をやる。正義の為に」
と言った。
私は、そんな姉を信じられないものを見るような目で見ていたのだろう。
姉は、困ったように目を細めて、私に向け、微笑み、私の頭をゆっくりと優しく撫でた。
姉は、もう北大阪府大学附属高校への入学が決まってたのに、高校へは行かず、それから一人暮らしを始め、魔法少女になり、毎月、私たちに仕送りするようになった。
今から思えば、やはり、姉は、我が家の家計を気にしていたのだと思う。自分一人なら医大に行ける事は確実だ。しかし、その分、妹には、回せなくなる、と姉の事だから、思ったのかもしれない。
自分一人が魔法少女になれば、妹の将来も安泰だし、家族の生活は、今よりも豊かになると、自分より他者を思いやる姉なら、考えそうだ。
今となっては、当時の姉の本当の想いは、確認しようがない。何故なら、姉は、もういないのだから。
魔法少女となった姉、藍井エマの魔法少女名は、ピクシーレッドファイアだった。
名前にレッドと付いていることと赤い炎を出現させ、操るという実にわかりやすく強い能力で、姉は、人気No.1魔法少女になった。
THE主人公な魔法少女としてマスコミに扱われ、報道されていて、私は、誇らしかったが、当時の私の推しの魔法少女は、姉のバディを組むことが多かった人気No.2の魔法少女ピクシーブレイン柊 香子だった。
ピクシーブレイン柊 香子の所有する魔法は、視界に入った者を問答無用で服従させ、操るブレイン魔法思考ジャックという実に凶悪な魔法で、その能力があまりにもヴィラン的である事が人気No.2に甘んじてる理由だった。
しかし、私は、ピクシーブレインを推していた。
だって、あきらかに魔法少女中最強だったのは、ピクシーブレインだったからだ。
二つ名だって、ピクシーブレインは、無敵の魔法少女と呼ばれていた。
子供だった頃の私は、自分の姉よりもただ強い無敵の魔法少女に胸がときめいていたのだ。
そう、あの日が来るまでは――。
運命の日、S暦2044年2月11日――、魔人大暴動が起きた日――。
私は、テレビの画面で信じられないものを見ていた。
全国の大魔人会に所属する魔人達が一斉蜂起し、人々を次々と虐殺する中、姉がいたのだ。
ただし、それは、いつものように魔法少女として魔人達と対決する正義の味方の姉ではなかった。
画面上の姉は、魔人達と一緒になって、逃げ惑う人々を後ろから、炎の放射で殺しまくっていた。魔人少女ヘルファイアと名乗って――。
後でわかった事だが、姉は、魔人大暴動の起きる前日に大魔人会に攫われ、Dr.ゲルリオンによって、魔人細胞を埋め込まれ、操られていたのだそうだ。
操られていたにしても、姉のエマが嬉々として、笑いながら、無力な一般市民を虐殺していく映像は、私たち家族には、衝撃的だった。
母は、持っていたティーカップを床に落として、割り、顔面蒼白になり、震えながら、えづいて、涙を流していた。
しかし、そうはなりながらも、テレビ画面から目が離せない。
私もそうだった。
魔法少女達が魔人少女ヘルファイアになった姉を取り囲む。
姉が何事かを叫んだ。
それに応じて、マジカルステッキを振りかざした魔法少女は、ただ一人――。
ピクシーブレイン柊 香子だった。
ピクシーブレインの魔法、思考ジャックが発動し、行動を支配された姉のエマは、自らの豪炎魔法の赤い炎で自らの頭を燃やし、燃やし尽くして、絶命して、死んだ。その間中、聞き慣れた姉の声が獣のような慟哭をあげるのを私たち家族は、地獄の光景のように見ていた。
姉がすっかり黒炭化してから、私は、
「お姉ちゃんっ!!」
と声を上げ、
母は、気絶して倒れた。
その時、父がどうしていたかを私は、記憶していない。
ただ魔人大暴動が終わった後にアナウンサーがマイクを向け、ピクシーブレインにインタビューしていて、
「仲間の魔法少女を殺めるのは、心中、さぞ、お辛かったと思いますが、やはり、日本国民の為、正義の為、仕方のない判断だったのでしょうか?」
と遺族の私たちをガン無視するようにズケズケ訊いていて、それにピクシーブレインが、柊 香子が、
「人は、正義の為には、戦わない」
とすらりとした口調で答えて、カメラの前から立ち去ったのを覚えている。
正義の為じゃなかった。
なら、何故、私の姉を殺した!?柊 香子!!
それから、私たち家族に対する世間の風当たりは、酷かった。
姉が殺した大勢の一般市民の遺族が訴訟を起こし、メディアで姉だけではなく、私たち家族のこともバッシングしたからだ。
国は、魔法少女レッドファイアは、敵に操られている状態だったと私たちを庇ったが、玄関のドアに人殺しとカラースプレーで書かれたり、石が投げ込まれ、窓ガラスが割られる日々が続いた。
魔法少女レッドファイアという名は、忘れ去られ、魔人少女ヘルファイアという名前だけが、人々の中で残った。
藍井エマは、正義の味方ではなく、ヴィランであるというのが、世間の共通認識になってしまった。
でも、私は、知ってる本当のお姉ちゃんを――。
見知らぬ他人を助ける為に魔法少女になった私の優しいお姉ちゃんを――。
しかし、そんな私の心の声は、世間のどこにも響かないまま、時が流れた。
私は、中学三年生になり、国の全国児童健康診断で魔法少女因子が発現してる事がわかった。
国のお役人から、しつこいぐらい魔法少女適性試験を受けるようにと、勧誘の電話が毎日、鳴るようになる。
あれから、廃人のようになってしまった母に私は、しばらく、その事を言えずにいたが、ある日、意を決して、母に言ってみる事にした。
私は、姉の事があったので、当然、母は私が魔法少女にならないように、魔法少女適性試験を受ける事に反対してくれるだろうと思っていた。
お姉ちゃんのようには、ならないで――、いつまでも、私の側にいて、とすがりついてくれると思った。
しかし、母が言った言葉は、
「ノエルちゃん、魔法少女になってくれる?」
だった。
「あの女」
母が言うあの女とは、柊 香子のことだ。
「あの女、魔法少女課の主任になったそうよ」
そう言って、母は、床に爪を立て、引っ掻き始める。
「本当なら、今頃、エマちゃんが就いてたはずの地位にあの女が……、そんなの許せない!許せるはずがない!!」
母は、いつもの発作を起こして、部屋の中を暴れ回り出す。
倒される戸棚、机、椅子。割られる皿、コップ、窓、スタンドライト。
「今の地位に就く為に、あの女は、わざと、エマちゃんを殺さなくてもいいのに、殺したのよ!エマちゃんは、人気No.1魔法少女であの女は、2位だったもの!そうよ!きっと、嫉妬して、あの女が思考ジャックで操って、エマちゃんを魔人の味方にさせ、人を殺させたのよ!!そうに違いないわ!!あれは、計画的な殺人だったんだわ!!」
母は、発作を起こすといつも、この結論に達する。全てを仕組んだのは柊 香子で、姉は、柊 香子に操られて、計画的に殺されたのだ、という妄想に母は、ずっと囚われている。
しかし、それは、本当に母の妄想だろうか――。あの時、柊 香子は、姉のエマを殺したのは、正義の為ではないと公然と言ったではないか――。
気づけば、母は、泣きながら、私にすがりついていた。
「ノエルちゃん、魔法少女課に入れば、あの女に近づけるし、会うこともできるんでしょ?……お願い、お姉ちゃんの仇、取ってきて……お願い」
「わかったよ、ママ」
私は、魔法少女になると決めた。
魔法少女就任式の日、私は、新大阪都庁にある講堂のような部屋の壇上から柊 香子に
「藍井ノエル」と呼ばれ、
壇上に上がり、自らの着ている魔法少女の戦闘服であるミニスカドレスに付ける大きなリボンの中心に嵌める大きな宝石のようなコアブーストスターとマジカルステッキを柊 香子から受け取る。
お前は、魔法少女適性試験の面接の時、魔法少女課人事部の隣に魔法少女課主任として、座り、私が魔法少女を志望する動機を聞いていたな。
私は、その時、はっきりと言った。
「魔人供を一匹残らず、駆逐し、姉の汚名を返上し、復讐を果たす為です」と――。
そして、お前は、言ったな。
「復讐か、いい動機だな」と――。
私の復讐相手は、お前だよ、柊 香子――。
大魔人会の魔人供を全員、始末した後、必ず、お前をぶっ殺してやる。
そして、今、お前が就いている地位も奪ってやる。
お姉ちゃんを殺したお前が手にしたもの、作りあげたものは、私が全て奪い、壊し、私自身の手で再生させ、私のものにする。
私のものに作り変える。
そうした時、私の復讐は、ようやく完成する。




