幼女のホワイトクリスマス〜無自覚幼女は気づかない〜
イルミネーションに飾られた街に、雪がしんしんと降り積もる。
今日は一二月二五日。クリスマスという特別な日で、しかも雪まで降るホワイトクリスマス。多くの人にとって、今日は一際印象的な日と言えるだろう。
「でも、こんなときいっしょにいてくれるこいびとはいないのよ」
だがソファーに腰掛け、窓から雪を見る少女の気分は優れないものだった。
窓枠に肘をつき、頬に手を添えて雪を見ていた少女——美里は物憂げに言った。
そう、こんな素晴らしい日だというのに、美里は恋人の一人もいないのだ。折角のホワイトクリスマスも、これでは魅力が半減してしまう。
はらはらと降る雪を見ながら思わずため息をつく。そんな美里に、後ろからやってきた少年が呆れたような顔をした。
「いや美里、きみ——」
「まだ五歳じゃん。僕よりも年下なのに何言ってんの?」
その言葉に、美里は雪から視線を離して振り向いた。
そう。こんなおませな事を言っているが、美里は今年で五歳になったばかりの少女なのである。
背中におろした髪はピンクのリボンで飾られており、ぱっちりした大きな目が愛らしい。
言動は年齢よりも大人びているが若干舌っ足らずであり、まだまだ子供の枠を出ない少女であった。
「もう五さいなのよ、りく。じんせいなんてあっというまなんだから、今のうちにたくさん考えておかないと」
「知ったような口きくね……」
言い返した美里の言葉にますます呆れたような顔をする少年——陸は、もう覚えていないような昔から付き合いのある美里の幼なじみだ。こちらもまだ七歳の少年である。
親同士の仲が良く、年下の美里はそれこそ生まれたときから陸との付き合いがある。両親が出張などで多忙なため、どうしても忙しいときには陸の家に預かってもらうのが恒例になっていた。
このクリスマスも例外ではなく、二人とも美里に謝り倒して出張へ行っている。今ごろバリバリと仕事をこなしている頃だろう。
(おしごとだからしかたないものね)
美里はそう納得していた。両親は自分を愛してくれているし、陸の母は優しい。陸という遊び相手がいることもあり、美里は今の生活にそれほど不満はなかった。
陸が美里の隣に座ったため、二人で窓の向こうの雪を見る。静かに降り積もる雪を二人で見ていると、何だか心まで落ち着いていくような気がした。
「……君はさ、恋人と一緒にこの雪が見たいの?」
しばらくそうしていると、雪から目を離さないまま、ふいに陸が尋ねてくる。
先程の事を言っているのだろう。こちらも雪を見つめたまま、「もちろんよ」と美里は言った。
「こんなロマンチックなこうけいだもの。たいせつな人といっしょに見たいのはとうぜんの気持ちだと思うわ」
家族や友人と見るのもいいが、やはりクリスマスは恋人とだろう。それがホワイトクリスマスという特別な日なら、なおさらだ。
(いつかわたしも、すきなひとといっしょにこのこうけいを見ることがあるのかしら)
振り続ける雪を見ながら、美里はそう考えた。
きっとかっこいい人だろう。
足が長くて、背が高い人がいい。優しくて、頼りになっていつでも自分を一番に考えてくれる人だ。
(……でも、そしたらりくとはいっしょに見れないのね)
ふと、美里はその考えに行き着いた。
恋人と一緒にクリスマスを過ごすとき、ただの幼なじみである陸は隣にいないだろう。
それはいつかは通る道で、仕方がないのかもしれない。だが生まれたときから一緒の幼なじみがいないというのは、少し寂しいものがあった。
「……もしよければ」
「え?」
そう考えていた美里の横で、陸が呟くような音量で言った。
顔を向けたが、そっぽをむいていてどんな顔をしているのかはわからない。だが唯一見える耳が、赤く染まっていることはわかった。
「僕が将来、君とクリスマスに雪を見てもいいけど」
耳を微かに赤くし、精一杯勇気を振り絞ったかのように陸は言う。美里からは見えないが、恐らく顔も赤くなっているのだろう。
だからこそ、美里は不思議そうに首を傾げた。
「……あなた、こいびととはいっしよに見ないの? もしかして、作らないつもりなの?」
陸がどうしてこの言葉を自分に言ったのか、美里は全くわからなかったのである。
「……ああ、君はそういうやつだったよ! もう!」
そう言うと、なぜか落胆したように陸は肩を落とし、これまたなぜだか顔を赤くして怒ってしまった。
美里はきょとんとして陸を見る。なぜ陸は怒っているのだろうか。心当たりが全くなかった。
「おこったの? ごめんなさい、あなたならかわいいこいびとができると思うわよ」
「そういうんじゃないって!」
とりあえず謝ってみたが、なぜかますます怒ってしまった。
(どうしておこったのかしら?)
美里は怪訝な顔で首を捻った。
こんな素敵な光景なのだから、自分ではなく恋人と一緒に見た方が楽しいのではと思ったのだが。何が駄目だったのだろうか。
「はいはいそこまで。二人とも、ココアいる?」
「いります」
ちょうどいいタイミングで陸の母がココアを持ってきたので——何やら苦笑していたが、なぜだろうか——ありがたく受け取っておく。いくらストーブがついて寒くないとはいえ、冬は温かいものが恋しくなるものだ。
陸の母はそのまま陸にもココアを渡し、苦笑しながら慰めるように頭を撫でた。陸はむくれたようにココアを受け取っている。
「ほら、わかってもらえなかったからって拗ねないの」
「……拗ねてないし」
やはり何のことだかわからない。
親子のやりとりを横目で見て、美里は窓の外の雪を見つめた。そうしながら、先程陸から言われた事を思い出す。
(……おとなになっても、りくといっしょにこのゆきを見てるのかしら)
大人になった自分たちが、二人でホワイトクリスマスの雪を見ているのを想像する。
隣にいるのは恋人ではなく、生まれたときから一緒にいる幼なじみだ。ロマンチックな雰囲気などなく、今のように軽口を言い合いながら窓の外を見ている。
そんな光景だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
(それも、わるくないわね)
恋人とでもいいが、陸と二人で雪を見るのもまたいいだろう。
そう考えて、美里は温かいココアを一口飲むのだった。
少しでも面白いと思っていただけたら、下の⭐︎をポチッとしてもらえると幸いです。作者の励みになります。